中垣議長に対する、議長辞任の申し入れについて
1月16日の17時15分、全員協議会の終了後、尾鷲維新の会派(私と神保議員)として、議長辞任の申し入れを行いました。

賛同議員は、南議員、與谷議員、三林議員
会派といっても2人ですが、私が代表をやっているので、申入書を読み上げました。とうとうこの瞬間がきたと感じるとともに、遅い対応になったのも事実です。しかし、議長辞任を促そうとする会合が、遅々として進まない話し合いで終わるだけには、これ以上、会派として我慢なりませんでした。会派で単独行動を起こすことを話し合い、この日に照準を合わせました。同じくして、一刻も早い辞任に賛同する議員らの声もいただけました。そして、賛同議員として名を連ねてくれる議員に手を上げてくれました。過半数とか、その後を意識するのではなく、現状を打破するために、会派と3名の議員で行動を起こしたのです。
当日は、事前に話を交わしていた4名の議員に通告し、うち3名から署名をいただきました。休憩などを利用して、居合わせた他の議員にも同調を求めましたが、これ以上は増えませんでした。しかし「署名はできないが、気持ちには賛同する」との言葉や態度表明を、6名の議員からいただきました。時間的な都合などで、私が説明できなかった議員は2名いましたが、ほか1名からは「判断しかねる」とも回答されました。
数の算段だけなら、大半が議長辞任に傾く結果になりましたが、私たち5名の議員以外は、態度を公にしませんでした。それぞれの政治判断もあるでしょうが、あれだけ議長の議会運営に顔をしかめ、失笑や陰口を叩いても、いざとなれば決断できない要素が、いまの尾鷲市議会の七不思議として、市民から笑われる原因をつくっているのかも知れません。もちろん、私たちの行動そのものが、正義だと言われないかもしれません。結局は、「なにをやっているのか」という言葉に尽きる出来事でしょう。しかし、これ以上は見過ごせなかったのです。
しかし、これで賽は投げられました。この申し入れは、あくまで議長自らの辞任を促すことで、議長が態度を表明しなかったり、辞任を固持したりすれば、次は本会議上での政治行動に向かうだけです。そうなれば、全ての議員にも審判がくだるはずです。これ以上、議長の失態や議会運営の不手際を、同僚議員や後輩議員としても見過ごせません。いまの尾鷲市は、内輪で躓いているわけにはいかないです。
私の読み上げのあと、議長は大きなショックを表明しました。副議長からの申し入れでもあるし、現実の行動を目の当たりにしたからでしょう。どこか、このまま乗り切れる楽観も伺えました。しかし、「2月には行事もあるのに、格好が悪い」旨の発言こそが稚拙であり、議長の資質を問われる結果を招いたのです。いまは、対面的な恥ずかしさより、大事な局面を乗り切れないことが問題であるのです。副議長として、補佐しきれない悔やみもありますが、議長職は生半可な気持ちでは務められないことは、議長自らが立候補の演説会で語っていたはずでした。それだけに、あのときの気概は、もはやどこにも見られません。副議長の立場としても、これ以上は見過ごせなかったのです。
裏話になりますが、16日はタイトなスケジュールのなかで、委員会中の休憩の合間に署名を求めたり、賛同を求めたりしました。居合わせたメディアを横目に署名もいただいたのに、Xデーに気づく方はいませんでした。しかし、申し入れを耳打ちすることに対しては、賛同議員からも異論がなかったのですが、あの日は、メディアが他の事件にかかりっきりで、そのすぐ側の議長室で申し入れがされていたのです。結果として、内密の行動のように感じられたようですが、次の朝には話を聞きつけた新聞社より、電話取材を受けて話をしました。地元紙などで報道されたので、重みはさらに増したとも感じています。
いまなお、議長は態度を表明していませんが、遅くなるにしたがって、不利となる話が次の矢として打たれるかも知れません。そのための即時辞任の要求は、せめてもの仲間意識であることに、議長には理解してほしいと願うばかりです。ただし、こうした行動こそが、市民の落胆と失笑をかっていることを、私たち議員は忘れてなりません。あとは、行動するのみです。それでしか、理解は得られないと考えています。

賛同議員は、南議員、與谷議員、三林議員
会派といっても2人ですが、私が代表をやっているので、申入書を読み上げました。とうとうこの瞬間がきたと感じるとともに、遅い対応になったのも事実です。しかし、議長辞任を促そうとする会合が、遅々として進まない話し合いで終わるだけには、これ以上、会派として我慢なりませんでした。会派で単独行動を起こすことを話し合い、この日に照準を合わせました。同じくして、一刻も早い辞任に賛同する議員らの声もいただけました。そして、賛同議員として名を連ねてくれる議員に手を上げてくれました。過半数とか、その後を意識するのではなく、現状を打破するために、会派と3名の議員で行動を起こしたのです。
当日は、事前に話を交わしていた4名の議員に通告し、うち3名から署名をいただきました。休憩などを利用して、居合わせた他の議員にも同調を求めましたが、これ以上は増えませんでした。しかし「署名はできないが、気持ちには賛同する」との言葉や態度表明を、6名の議員からいただきました。時間的な都合などで、私が説明できなかった議員は2名いましたが、ほか1名からは「判断しかねる」とも回答されました。
数の算段だけなら、大半が議長辞任に傾く結果になりましたが、私たち5名の議員以外は、態度を公にしませんでした。それぞれの政治判断もあるでしょうが、あれだけ議長の議会運営に顔をしかめ、失笑や陰口を叩いても、いざとなれば決断できない要素が、いまの尾鷲市議会の七不思議として、市民から笑われる原因をつくっているのかも知れません。もちろん、私たちの行動そのものが、正義だと言われないかもしれません。結局は、「なにをやっているのか」という言葉に尽きる出来事でしょう。しかし、これ以上は見過ごせなかったのです。
しかし、これで賽は投げられました。この申し入れは、あくまで議長自らの辞任を促すことで、議長が態度を表明しなかったり、辞任を固持したりすれば、次は本会議上での政治行動に向かうだけです。そうなれば、全ての議員にも審判がくだるはずです。これ以上、議長の失態や議会運営の不手際を、同僚議員や後輩議員としても見過ごせません。いまの尾鷲市は、内輪で躓いているわけにはいかないです。
私の読み上げのあと、議長は大きなショックを表明しました。副議長からの申し入れでもあるし、現実の行動を目の当たりにしたからでしょう。どこか、このまま乗り切れる楽観も伺えました。しかし、「2月には行事もあるのに、格好が悪い」旨の発言こそが稚拙であり、議長の資質を問われる結果を招いたのです。いまは、対面的な恥ずかしさより、大事な局面を乗り切れないことが問題であるのです。副議長として、補佐しきれない悔やみもありますが、議長職は生半可な気持ちでは務められないことは、議長自らが立候補の演説会で語っていたはずでした。それだけに、あのときの気概は、もはやどこにも見られません。副議長の立場としても、これ以上は見過ごせなかったのです。
裏話になりますが、16日はタイトなスケジュールのなかで、委員会中の休憩の合間に署名を求めたり、賛同を求めたりしました。居合わせたメディアを横目に署名もいただいたのに、Xデーに気づく方はいませんでした。しかし、申し入れを耳打ちすることに対しては、賛同議員からも異論がなかったのですが、あの日は、メディアが他の事件にかかりっきりで、そのすぐ側の議長室で申し入れがされていたのです。結果として、内密の行動のように感じられたようですが、次の朝には話を聞きつけた新聞社より、電話取材を受けて話をしました。地元紙などで報道されたので、重みはさらに増したとも感じています。
いまなお、議長は態度を表明していませんが、遅くなるにしたがって、不利となる話が次の矢として打たれるかも知れません。そのための即時辞任の要求は、せめてもの仲間意識であることに、議長には理解してほしいと願うばかりです。ただし、こうした行動こそが、市民の落胆と失笑をかっていることを、私たち議員は忘れてなりません。あとは、行動するのみです。それでしか、理解は得られないと考えています。
道の駅や須賀利バス運行、海洋深層水の取水事故関連など
出初式、尾鷲商工会議所役員議員新春祝賀会、成人式などの来賓出席が続きました。
年明け初めての委員会が開催されます。どれも議論を要する議題なので、所管の常任委員会を経て、全員協議会で報告されます。
■総務産業常任委員会
■日時:1月16日(月) 13時
■場所:第二・三委員会室
■議題:
1.道の駅設置について
2.須賀利バス運行について
3.津地方裁判所に提訴した損害賠償請求事件の取下げについて
4.その他
■全員協議会
■日時:1月16日(月) 15時
■場所:第二・三委員会室
■議題:
1.道の駅設置について
2.須賀利バス運行について
3.津地方裁判所に提訴した損害賠償請求事件の取下げについて
4.その他
道の駅については、先月の20日に、道の駅検討会の最終会議があり、道の駅を”尾鷲南インター付近に設置”する案が決定されました。その会議の結果や、その案を受けた岩田市長の施策を議論することになります。
須賀利バス運行については、巡航船の廃止も視野に入れた内容で、バス運行については、地元の要望を聞き入れた形となります。
海洋深層水の取水事故に伴う裁判の取り下げは、法律が優先するために、議論になりにくい話だと感じています。だからこそ、その手前での議論が必要なはずでした。
常任委員会は粛々と行われると思いますが、全員協議会が多少なり心配です。もちろん、進行役のこれまでの所作についてです。こういう心配をすることに、虚しい気持ちになってしまいます。
年明け初めての委員会が開催されます。どれも議論を要する議題なので、所管の常任委員会を経て、全員協議会で報告されます。
■総務産業常任委員会
■日時:1月16日(月) 13時
■場所:第二・三委員会室
■議題:
1.道の駅設置について
2.須賀利バス運行について
3.津地方裁判所に提訴した損害賠償請求事件の取下げについて
4.その他
■全員協議会
■日時:1月16日(月) 15時
■場所:第二・三委員会室
■議題:
1.道の駅設置について
2.須賀利バス運行について
3.津地方裁判所に提訴した損害賠償請求事件の取下げについて
4.その他
道の駅については、先月の20日に、道の駅検討会の最終会議があり、道の駅を”尾鷲南インター付近に設置”する案が決定されました。その会議の結果や、その案を受けた岩田市長の施策を議論することになります。
須賀利バス運行については、巡航船の廃止も視野に入れた内容で、バス運行については、地元の要望を聞き入れた形となります。
海洋深層水の取水事故に伴う裁判の取り下げは、法律が優先するために、議論になりにくい話だと感じています。だからこそ、その手前での議論が必要なはずでした。
常任委員会は粛々と行われると思いますが、全員協議会が多少なり心配です。もちろん、進行役のこれまでの所作についてです。こういう心配をすることに、虚しい気持ちになってしまいます。
心得
議員は、年賀状による挨拶ができません。個人的な付き合いや、答礼はできますが、不特定多数へはご法度です。もちろん、ブログなどのインターネット上においても、不特定多数が閲覧できることから同様です。なので、気持ちはあったとしても、できない事情があります。
かといって、新年が明けるということは、やはり気分も新たになりますし、年始は自分自身を振り返るよい機会でもあります。私の場合、毎日のように振り返っては反省し、また先に突き進むの繰り返しですが、この場をおかりして、今年1年の心得を記しておきます。
私事からになりますが、去年は、一昨年夏の妻の大病が、そのまま大きな不安と希望とが入り交じる年明けとなりました。奇跡的に一時回復した妻の容態は、暮れから3月下旬くらいまで、いま思えばピークでした。4月に入ると、熱が出たこともあって、とたんに身体の機能がガクンと低下し、育児と自宅介護に追われる日々を過ごしました。ほぼ完全な介護だったのですが、それはそれで、覚悟をしていたこともあって、葛藤もするけど充実した日々を過ごしました。
しかし、5月の連休明け頃になると、医師からも自宅介護は限界と進言され、半ばからの入院となりました。事実上の、終末医療の始まりでしたが、手立てをなくしたわけでなく、さまざまな治療の可能性を再び探し始めた月でもありました。それが、妻の両親らの理不尽な対応で、不意に病院からいなくなり、半年以上も家族は引き裂かれたままです。おまけに、弁護士や裁判所などといった法的措置をこうじられ、2歳になった娘は、母親の愛情をもらえないまま、これまでに3回しか裁判所内で母親に会えていません。さらに、不利とみたのか、代理人の弁護士を交替させる事態にまで発展し、定期的に母親に会える希望すらも、12月には失われました。
今年も、この件においては、波瀾に満ちた経緯を辿るかも知れません。いつまでも、黙ったままではいませんが、いまは娘のことを一心に考えて、自身は納得できなくとも、解決の道を探っていこうと考えています。本来、こちらが求めていないにしろ、家族がここまで問題を起こしていると、本業の議員活動にも影響を与えてしまっています。なるべくそうならないように努力をしていますが、例えば、日程的な都合が重なる場合、娘が母親に会えるかもしれないという希望を頼りに、こちらを優先することがでています。お叱りを受けることもありますが、家族あっての議員活動だとも考えるので、批判は受けるしかありません。
ただし、議員としての活動を、押し並べて蔑ろにしているつもりはなく、いま持てる最大の努力と見識でもって対応しています。昨年の5月末には、副議長の要職にも認めていただいたので、議長の補佐役として、非常に多くのことを学ばせていただいています。また、全ての議員に対して中立であり、議会の風通しをよくするための行動もしています。議長に対しては、感じることも思うことも多々ありますが、尾鷲市議会の気概を知っていただこうと奔走する毎日です。反面、執行部に対しては、正副議長を飛び越えることがあったり、議会自体に相談も説明もないことがあるので、存在感のなさに悔しい思いをすることもあります。
私個人の議員としては、副議長として議会運営を補佐する立場もあり、遠慮のような控えめさがあります。自分自身で先陣を切るよりは、多くの議員の意見が出やすいような環境づくりに重点をおいています。それでも、うまくいかないことが多く、これまた悔しい思いをすることも多々あります。しかし、”言いたいことは、きっちり調べた上で発言する”、”議員の意見として、総花的な市民の意見にすり替えない”など、尾鷲市をリードするひとりとして、”ダメなものはダメ”と言っている数少ない議員でもあります。これまでの本会議場の採決においても、納得のいく説明責任が果たせていないとして、迷いなく反対をしています。
この点について、他の議員のことは言えませんが、尾鷲市議会と執行部とが対峙する場面は、海洋深層水や尾鷲幼・尾鷲小の耐震化事業など、いくつかのターニングポイントがありました。しかし、議会側にまとまりができず、委員会や外野では反対の意志を示していながら、本会議場では素知らぬ顔で賛成多数になることがありました。一度、賛成して認めれば、あとはなにを言っても負け犬の遠吠えなので、尾鷲市議会の気概をみせるという点においては、なし崩しになったままです。市民の意見をどこまで反映させるかは、実は非常に難しいことですが、最後は負託を受けた議員として、迷いのない判断と決断をするまでです。ここに揺らぎがあると、市民はよく見ている気がしています。
おそらく、改選を1年半後に控えた尾鷲市議会においては、道の駅の課題が大きなターニングポイントになるでしょう。今年のはじめにも、この課題に関する議題が上程されてきますので、ここが大きな注目点です。現在までに、多くの議員が意見を言っていますが、当たり障りのない意見もあります。私自身は、この件で議長の脱線が多く、自分の意見を言えないままですが、はっきりとした意見と考えは持ちあわせています。尾鷲市の将来を左右するには違いないので、市民の意見を取り込みなら、議員としての意見をぶつけていきたいと考えています。
しかし、道の駅だけでなく、ひとつ大きく残念なことは、15名の議員が歩調を合わせにくい状態にあることです。向かう先は同じでも、その道順が違ったり、歩き方に違いがあったりするからですが、それが結果的に市民を先導できないのであれば、もったいない気がします。例えば、尾鷲市議会では、30代の議員が私を含めて3名います(ほぼ40代になっていますが)。若いといえる議員が3人もいる市議会は、同規模の議会をみても稀な存在です。だとすれば、ときとして同じ方向で共闘することができると、それは大きなアピールとなるはずです。おそらく、尾鷲市民のなかには、そういった若い力の飛び出しに期待しているように感じます。
私は、明治維新の日本の激動に着目することが多いのですが、あの時代は、多くの若者が意見を交わし、熱い議論をやって、日本のあるべき姿を創造していました。そこには、後ろ盾となる存在があったからではなく、自分たちの行動力に、後ろ盾ができていたのです。政治家としてやろうと思えば、後ろ盾を気にしながらやっていけば安泰ですが、それでは自分自身の意見はネジ曲ってしまいがちです。よく柵のないと言いますが、柵はあってもいいので、あとはそれを飛び越える意見や議論ができるかです。そういったところに、政治家としての気概や本質があるのだと考えています。ただし、若い議員の行動力の結集については、期数が1つ上の私の不徳の致すところです。
執行部や市長に反対するだけが、議員の本質とはとうてい思ってもいませんが、”ダメなものダメ”と言える感覚は、常に持ち合わせていたいと考えています。「多くの市民が…」で逃げるのではなく、「尾鷲市民の将来や未来を考えると…」という組み立て方で、今年も尖った議員でありたいと感じています。そういった勢力も、絶対に必要ですし、いまの尾鷲市には、まとまった存在感をみせるときに来ています。でなければ、過去の繰り返しで疲弊していくだけになりかねません。
尾鷲市の将来は、私たち議員にかかっているのです。
かといって、新年が明けるということは、やはり気分も新たになりますし、年始は自分自身を振り返るよい機会でもあります。私の場合、毎日のように振り返っては反省し、また先に突き進むの繰り返しですが、この場をおかりして、今年1年の心得を記しておきます。
私事からになりますが、去年は、一昨年夏の妻の大病が、そのまま大きな不安と希望とが入り交じる年明けとなりました。奇跡的に一時回復した妻の容態は、暮れから3月下旬くらいまで、いま思えばピークでした。4月に入ると、熱が出たこともあって、とたんに身体の機能がガクンと低下し、育児と自宅介護に追われる日々を過ごしました。ほぼ完全な介護だったのですが、それはそれで、覚悟をしていたこともあって、葛藤もするけど充実した日々を過ごしました。
しかし、5月の連休明け頃になると、医師からも自宅介護は限界と進言され、半ばからの入院となりました。事実上の、終末医療の始まりでしたが、手立てをなくしたわけでなく、さまざまな治療の可能性を再び探し始めた月でもありました。それが、妻の両親らの理不尽な対応で、不意に病院からいなくなり、半年以上も家族は引き裂かれたままです。おまけに、弁護士や裁判所などといった法的措置をこうじられ、2歳になった娘は、母親の愛情をもらえないまま、これまでに3回しか裁判所内で母親に会えていません。さらに、不利とみたのか、代理人の弁護士を交替させる事態にまで発展し、定期的に母親に会える希望すらも、12月には失われました。
今年も、この件においては、波瀾に満ちた経緯を辿るかも知れません。いつまでも、黙ったままではいませんが、いまは娘のことを一心に考えて、自身は納得できなくとも、解決の道を探っていこうと考えています。本来、こちらが求めていないにしろ、家族がここまで問題を起こしていると、本業の議員活動にも影響を与えてしまっています。なるべくそうならないように努力をしていますが、例えば、日程的な都合が重なる場合、娘が母親に会えるかもしれないという希望を頼りに、こちらを優先することがでています。お叱りを受けることもありますが、家族あっての議員活動だとも考えるので、批判は受けるしかありません。
ただし、議員としての活動を、押し並べて蔑ろにしているつもりはなく、いま持てる最大の努力と見識でもって対応しています。昨年の5月末には、副議長の要職にも認めていただいたので、議長の補佐役として、非常に多くのことを学ばせていただいています。また、全ての議員に対して中立であり、議会の風通しをよくするための行動もしています。議長に対しては、感じることも思うことも多々ありますが、尾鷲市議会の気概を知っていただこうと奔走する毎日です。反面、執行部に対しては、正副議長を飛び越えることがあったり、議会自体に相談も説明もないことがあるので、存在感のなさに悔しい思いをすることもあります。
私個人の議員としては、副議長として議会運営を補佐する立場もあり、遠慮のような控えめさがあります。自分自身で先陣を切るよりは、多くの議員の意見が出やすいような環境づくりに重点をおいています。それでも、うまくいかないことが多く、これまた悔しい思いをすることも多々あります。しかし、”言いたいことは、きっちり調べた上で発言する”、”議員の意見として、総花的な市民の意見にすり替えない”など、尾鷲市をリードするひとりとして、”ダメなものはダメ”と言っている数少ない議員でもあります。これまでの本会議場の採決においても、納得のいく説明責任が果たせていないとして、迷いなく反対をしています。
この点について、他の議員のことは言えませんが、尾鷲市議会と執行部とが対峙する場面は、海洋深層水や尾鷲幼・尾鷲小の耐震化事業など、いくつかのターニングポイントがありました。しかし、議会側にまとまりができず、委員会や外野では反対の意志を示していながら、本会議場では素知らぬ顔で賛成多数になることがありました。一度、賛成して認めれば、あとはなにを言っても負け犬の遠吠えなので、尾鷲市議会の気概をみせるという点においては、なし崩しになったままです。市民の意見をどこまで反映させるかは、実は非常に難しいことですが、最後は負託を受けた議員として、迷いのない判断と決断をするまでです。ここに揺らぎがあると、市民はよく見ている気がしています。
おそらく、改選を1年半後に控えた尾鷲市議会においては、道の駅の課題が大きなターニングポイントになるでしょう。今年のはじめにも、この課題に関する議題が上程されてきますので、ここが大きな注目点です。現在までに、多くの議員が意見を言っていますが、当たり障りのない意見もあります。私自身は、この件で議長の脱線が多く、自分の意見を言えないままですが、はっきりとした意見と考えは持ちあわせています。尾鷲市の将来を左右するには違いないので、市民の意見を取り込みなら、議員としての意見をぶつけていきたいと考えています。
しかし、道の駅だけでなく、ひとつ大きく残念なことは、15名の議員が歩調を合わせにくい状態にあることです。向かう先は同じでも、その道順が違ったり、歩き方に違いがあったりするからですが、それが結果的に市民を先導できないのであれば、もったいない気がします。例えば、尾鷲市議会では、30代の議員が私を含めて3名います(ほぼ40代になっていますが)。若いといえる議員が3人もいる市議会は、同規模の議会をみても稀な存在です。だとすれば、ときとして同じ方向で共闘することができると、それは大きなアピールとなるはずです。おそらく、尾鷲市民のなかには、そういった若い力の飛び出しに期待しているように感じます。
私は、明治維新の日本の激動に着目することが多いのですが、あの時代は、多くの若者が意見を交わし、熱い議論をやって、日本のあるべき姿を創造していました。そこには、後ろ盾となる存在があったからではなく、自分たちの行動力に、後ろ盾ができていたのです。政治家としてやろうと思えば、後ろ盾を気にしながらやっていけば安泰ですが、それでは自分自身の意見はネジ曲ってしまいがちです。よく柵のないと言いますが、柵はあってもいいので、あとはそれを飛び越える意見や議論ができるかです。そういったところに、政治家としての気概や本質があるのだと考えています。ただし、若い議員の行動力の結集については、期数が1つ上の私の不徳の致すところです。
執行部や市長に反対するだけが、議員の本質とはとうてい思ってもいませんが、”ダメなものダメ”と言える感覚は、常に持ち合わせていたいと考えています。「多くの市民が…」で逃げるのではなく、「尾鷲市民の将来や未来を考えると…」という組み立て方で、今年も尖った議員でありたいと感じています。そういった勢力も、絶対に必要ですし、いまの尾鷲市には、まとまった存在感をみせるときに来ています。でなければ、過去の繰り返しで疲弊していくだけになりかねません。
尾鷲市の将来は、私たち議員にかかっているのです。
このままでは持ちこたえられない
道の駅についての全員協議会が、はじまってまもなく流会になりました。おそらく、前代未聞かも知れませんし、私が議員になってはじめての出来事でした。
冒頭から、進行役となる議長の熱い思いが先行し、議員からも、先の地元紙の報道内容を正す意見が相次ぎました(20日に開催された、尾鷲市道の駅設置検討会議で、議長が発言した内容が掲載されています)。これに、議長が興奮気味に回答をしたことにより、議員より会議続行の判断を議論するための、議会運営委員会の開催が提案されました。この間、副議長の私ができたことは、議長に対して、暫時休憩の宣言を出していただくことと、正副議長および議会運営委員会の正副委員長との協議を促すことだけでした。
これら議員からの発言内容は、議長にとっては意に反するものだとは感じますが、声を大きくして挑戦的に回答していては、議長の資質を問われることになります。しかも、こういったことが、最近はとくに多くなり、補佐役としての私は、神経を尖らせることになっています。しかし、そこまでやる必要があるのか?との葛藤もあるので、「こんな議会では市民に顔向けできない」と考えるばかりです。また、この状況においても、「議長が決めれば会議は続行できる。議運は開催しなくてもいい」と進言する議会運営委員会の委員長にも、周りの空気が読めているのかとの憤りを感じました。結局、外部の議員の助言もあり、議会運営委員会が開催されることになりました。
ここでの焦点は、「市長不在の全協はいかがなものか?」と、「議長の資質に欠けているのでは?」の2つでした。市長不在については、私自身は会議冒頭に知ったのですが、議長自身は事前に知っていたようです。しかし、今回の全協については、もともと意見交換会の形を取ることを前提にしていたので、副市長との日程調整は私がやりましたが、市長への出席を促すことはありませんでした。また、市長自身が、道の駅についての最終判断をやっていない状態なので、この時点で市長が出席するものでもないと判断しています。もちろん、道の駅の認証が差し迫っているなかで、市長の行動も悠長だとは感じますが、「財政や担当課での最終調整をやっている段階」との市長公室長の意見もありました。
私が腑に落ちないのは、前回の全員協議会でも同じ状況でしたが、意見交換会を希望する副市長に応える形で、一問一答方式となる全員協議会ではなく、執行部と議員、議員と議員の議論がしやすくするための懇談会形式の意見交換会を、いつも議長が押し通せていない”迷い”があることです。「全員協議会への格上げ」を議員から進言されると、「みなさんの意見に従う」と、正副議長で話しあったことも棚上げされてしまいます。市長の最終判断が出ていない段階では、検討会議の意見も尊重しつつ、議員や議会としての意見交換は、やっていいはずだと考えていました。最終的には、常任委員会の開催と、全員協議会での報告になるという段取りもあったはずなので、調整する副議長の私としては、無駄と言える時間を割いてきたことになります。
また、これは出すぎた意見になりますが、道の駅に対しては、非常に熱い思いを議長は持っておられるので、自分の意見を全面に出したい衝動を抑えることができません。議長の資質として、それもどうかなとは感じるのですが、全員協議会で進行役をするよりは、まずは、発言する(議論する)側になれる意見交換会にしておいた方が”無難”とも考えていました。私が意見を交換した議員からも、「いまの議長に進行役は難しい」と聞くので、なおさらそのように感じているのであれば、こうなることを予測できる前に回避するのも一考だと感じるのです。もちろん、これは議長の資質に関わることなので、いつまでもこの状態ではいけません。しかし、議長の肩を叩くのであれば、執行部にも、傍聴者にも、メディアにも恥ずかしい場面を露呈させるよりかは、粛々とやればいいと考えてしまいます。「議会はどうなっとる」と、より一層、市民から乖離していくきっかけを、自ら議会側がつくっていることになりかねません。
多くの意見がでましたが、最後は議長の資質に問題があり、全員協議会の流会が決まりました。この判断が出た時点で、議長には大きな決断をして欲しいとは感じました。これ以上、世間に議長の資質を問われることは、議員の資質を問われることになりかねません。また、副議長として補佐役をしている身にとっては、これ以上、先輩議員ではありますけれど、議会が市民から乖離していくような状況をつくりたくはありません。議長に1票を投じた議員としても、あまりにも他の議員に声を荒げる場面や、議会運営上の不手際が多いと感じます。当初は、はじめての議長ということで、議員の多くが理解を示して協力をしてくれていましたが、最近はその協力さえもないと感じます。その潮時を察知することも、いまの議長には大事だと考えています。実際にも、他の議員からも、肩を叩かれているはずですし、それが1票を入れた者の責任としてあることを、議長にも理解してほしいところです。
議運後の全員協議会の再開で、流会が報告されました。できれば、意見交換会に切り替えてでも、執行部の説明と、議員間の懇談に期待してはいましたが、この状況では無理だったのでしょう。無駄な時間を割くほど、いまの尾鷲市に余裕があるはずありません。もちろん、市議会においても、このようなことを繰り返してはなりません。大きな責任を感じながら、途方に暮れるしか無いのかと、自問自答したところです。そして、議員は孤独だなあと、あらためて感じました。
冒頭から、進行役となる議長の熱い思いが先行し、議員からも、先の地元紙の報道内容を正す意見が相次ぎました(20日に開催された、尾鷲市道の駅設置検討会議で、議長が発言した内容が掲載されています)。これに、議長が興奮気味に回答をしたことにより、議員より会議続行の判断を議論するための、議会運営委員会の開催が提案されました。この間、副議長の私ができたことは、議長に対して、暫時休憩の宣言を出していただくことと、正副議長および議会運営委員会の正副委員長との協議を促すことだけでした。
これら議員からの発言内容は、議長にとっては意に反するものだとは感じますが、声を大きくして挑戦的に回答していては、議長の資質を問われることになります。しかも、こういったことが、最近はとくに多くなり、補佐役としての私は、神経を尖らせることになっています。しかし、そこまでやる必要があるのか?との葛藤もあるので、「こんな議会では市民に顔向けできない」と考えるばかりです。また、この状況においても、「議長が決めれば会議は続行できる。議運は開催しなくてもいい」と進言する議会運営委員会の委員長にも、周りの空気が読めているのかとの憤りを感じました。結局、外部の議員の助言もあり、議会運営委員会が開催されることになりました。
ここでの焦点は、「市長不在の全協はいかがなものか?」と、「議長の資質に欠けているのでは?」の2つでした。市長不在については、私自身は会議冒頭に知ったのですが、議長自身は事前に知っていたようです。しかし、今回の全協については、もともと意見交換会の形を取ることを前提にしていたので、副市長との日程調整は私がやりましたが、市長への出席を促すことはありませんでした。また、市長自身が、道の駅についての最終判断をやっていない状態なので、この時点で市長が出席するものでもないと判断しています。もちろん、道の駅の認証が差し迫っているなかで、市長の行動も悠長だとは感じますが、「財政や担当課での最終調整をやっている段階」との市長公室長の意見もありました。
私が腑に落ちないのは、前回の全員協議会でも同じ状況でしたが、意見交換会を希望する副市長に応える形で、一問一答方式となる全員協議会ではなく、執行部と議員、議員と議員の議論がしやすくするための懇談会形式の意見交換会を、いつも議長が押し通せていない”迷い”があることです。「全員協議会への格上げ」を議員から進言されると、「みなさんの意見に従う」と、正副議長で話しあったことも棚上げされてしまいます。市長の最終判断が出ていない段階では、検討会議の意見も尊重しつつ、議員や議会としての意見交換は、やっていいはずだと考えていました。最終的には、常任委員会の開催と、全員協議会での報告になるという段取りもあったはずなので、調整する副議長の私としては、無駄と言える時間を割いてきたことになります。
また、これは出すぎた意見になりますが、道の駅に対しては、非常に熱い思いを議長は持っておられるので、自分の意見を全面に出したい衝動を抑えることができません。議長の資質として、それもどうかなとは感じるのですが、全員協議会で進行役をするよりは、まずは、発言する(議論する)側になれる意見交換会にしておいた方が”無難”とも考えていました。私が意見を交換した議員からも、「いまの議長に進行役は難しい」と聞くので、なおさらそのように感じているのであれば、こうなることを予測できる前に回避するのも一考だと感じるのです。もちろん、これは議長の資質に関わることなので、いつまでもこの状態ではいけません。しかし、議長の肩を叩くのであれば、執行部にも、傍聴者にも、メディアにも恥ずかしい場面を露呈させるよりかは、粛々とやればいいと考えてしまいます。「議会はどうなっとる」と、より一層、市民から乖離していくきっかけを、自ら議会側がつくっていることになりかねません。
多くの意見がでましたが、最後は議長の資質に問題があり、全員協議会の流会が決まりました。この判断が出た時点で、議長には大きな決断をして欲しいとは感じました。これ以上、世間に議長の資質を問われることは、議員の資質を問われることになりかねません。また、副議長として補佐役をしている身にとっては、これ以上、先輩議員ではありますけれど、議会が市民から乖離していくような状況をつくりたくはありません。議長に1票を投じた議員としても、あまりにも他の議員に声を荒げる場面や、議会運営上の不手際が多いと感じます。当初は、はじめての議長ということで、議員の多くが理解を示して協力をしてくれていましたが、最近はその協力さえもないと感じます。その潮時を察知することも、いまの議長には大事だと考えています。実際にも、他の議員からも、肩を叩かれているはずですし、それが1票を入れた者の責任としてあることを、議長にも理解してほしいところです。
議運後の全員協議会の再開で、流会が報告されました。できれば、意見交換会に切り替えてでも、執行部の説明と、議員間の懇談に期待してはいましたが、この状況では無理だったのでしょう。無駄な時間を割くほど、いまの尾鷲市に余裕があるはずありません。もちろん、市議会においても、このようなことを繰り返してはなりません。大きな責任を感じながら、途方に暮れるしか無いのかと、自問自答したところです。そして、議員は孤独だなあと、あらためて感じました。
尾鷲南インターと尾鷲北インター間の5.4kmが事業採択される
三重県が、24日に発表しました。
もとになっているのは、24日に発表された政府案です。
■ 平成24年度予算政府案
http://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2012/seifuan24/index.htm
■国土交通省・公共事業関係予算より抜粋

全国ミッシングリンクの整備
この政府案の全国ミッシングリンクの整備により、熊野尾鷲道路の尾鷲北インターから、大泊インターまでの約24キロ区間が、自動車専用道路で繋がることになります。これまで、尾鷲北インターから尾鷲南インターまでは、当面は国道42号線を共用することだったので、尾鷲市にとっても施策に大きな変化が起きることになります。当然ですが、道の駅についても、議論する根拠が増えたことになります。
また、政府として、主要国道が津波の被害を受けたり、豪雨災害で頻繁に通行止めになることへの懸念を実行に移した形になります。東日本大震災や、台風12号の豪雨災害が大きく影響したのは言うまでもありません。実際にも、国道42号線は、いつしか雨に弱い道路になってしまっています。
さて、われわれ議会の率先力にも期待されることですが、尾鷲市にとっても、想定だった施策が具現化することになります。
もとになっているのは、24日に発表された政府案です。
■ 平成24年度予算政府案
http://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2012/seifuan24/index.htm
■国土交通省・公共事業関係予算より抜粋

全国ミッシングリンクの整備
この政府案の全国ミッシングリンクの整備により、熊野尾鷲道路の尾鷲北インターから、大泊インターまでの約24キロ区間が、自動車専用道路で繋がることになります。これまで、尾鷲北インターから尾鷲南インターまでは、当面は国道42号線を共用することだったので、尾鷲市にとっても施策に大きな変化が起きることになります。当然ですが、道の駅についても、議論する根拠が増えたことになります。
また、政府として、主要国道が津波の被害を受けたり、豪雨災害で頻繁に通行止めになることへの懸念を実行に移した形になります。東日本大震災や、台風12号の豪雨災害が大きく影響したのは言うまでもありません。実際にも、国道42号線は、いつしか雨に弱い道路になってしまっています。
さて、われわれ議会の率先力にも期待されることですが、尾鷲市にとっても、想定だった施策が具現化することになります。
尾鷲市は、東日本大震災で何を学ぼうとしているのか?
東日本大震災で学べない自治体って、どうすればいいのだろう?
まさか、尾鷲市がそうであるとは思いたくはありませんが、「県(国)の想定が出ていないので」などと言っているとしたら、次に来るであろう熊野灘沖での巨大津波は、尾鷲市をどう変えてしまうのかと不安になります。
尾鷲市では、津波防災教育の顧問に、群馬大学の片田敏孝教授を迎えています。教授には、東日本大震災以前より、市の地域防災を助言する活動をしていただいておりましたが、釜石市内の防災教育の成果で、多くの児童・生徒、それにつられた住民をも巻き込んで、たくさんの命を救ったことが、大きくクローズアップされての採用でした。こういった担当部局の即応は、市が防災について率先した自治体であることの証明です。
しかし、実際の警報発令による住民の避難行動については、各メディアに報道されるほど、市では対策が浸透しているとは言えません。「避難所に逃げた住民は数%」などと、不名誉な数値でもって全国に報道されています。もちろん、これも毎回のように対策を講じていますが、最後は住民が決めることだと感じています。災害時に命を守るのは、行政や議会ではなく、自分自身が基本です。ただし、その方法や方策など、より命を守る手段を講じるのが、行政や議会に求められるのは言うまでもありません。
また、住民ではカバーしきれない防災や減災もあります。これは台風12号で大きな被害を受けた、紀伊半島南部でも明らかになっていますが(東日本大震災でも同じですが)、地域防災を考えるうえで、本当は重要視されないとならないことです。言葉で言うと、官民協働の地域防災や、災害ボランティアセンター、防災ボランティアコーディネーターなどです。東日本大震災や紀伊半島南部の豪雨災害においても、一過性で終わっているのが懸案事項です。また、私もわりかしこの分野で活動していますが、尾鷲市からは蚊帳の外的存在です。唯一、今回の豪雨災害で、名古屋などからのボランティアが市内に仮眠したときに、そのコーディネートができたくらいです。
とくに感じることは、津波への理解度と言うか、市役所内でも、担当課によって見解の違いが出ていることです。例えば、市防災センターの防災力は、自治体でもトップクラスです。防災教育の面でも、片田教授などを採用しています。しかし、いざ学校施設の建物となると、尾鷲幼・尾鷲小学校の耐震化事業では、東日本大震災を受けての見直しは、一切ないまま事業が進められました。私も委員会の場で、この件について質しましたが、「していません」とアッケラカンでした。尾鷲小学校の校庭は、海抜7.5mほどなのにです。反対に、輪内中学校の耐震化事業では、新校舎は津波対策が施されており、「デザインよりも、津波に対応した校舎を想定している」と言い切った設計業者が頼もしく感じました。
また、早田地区のコミュニティセンターの新築事業については、早田住民を巻き込んで、「津波の想定は、昭和19年の東南海地震で設計する」、「あのとき(昭和19年)よりも、防波堤などあるから」、「津波では山に逃げるから大丈夫」、「高台の候補地は適地ではない」、「早田地区の総意であるから」などと、「公共施設を津波想定場所につくる」ことを了承してしまっています。多くの自治体では、「津波を受ける場所には公共施設をつくらない」と行動しているのに、12月定例会の委員会においても、「早田地区の津波の新想定が発表されていない」と答えた岩田市長には、それ以上呆れてものが言えませんでした(実際には、速報版が出ていたんですけどね…)。
一方で、喧々諤々の道の駅については、「津波に対応できるのは、南インターしか無い」と、なかば断言しています。先の商議所との意見交換会においても、商議所の委員からは、「公共施設は津波の想定場所につくらない」と、市長以上の決断でもって発言されたのが印象的でした。まさに、早田のコミュニティセンターとは見解の違う意見なので、こういった矛盾を、議会はどう対応するのかが注目されているはずです。尾鷲幼・尾鷲小学校は津波の新想定はなしで、輪内中学校は新想定を想定、道の駅はなんとしても高台で、早田のコミュニティセンターは昔の想定で十分…これだけでも、大きな矛盾があるように感じるのは、はたして私だけなのでしょうか?
最後に、三重県の防災危機管理部が最近発表した”東北地方太平洋沖地震と同等規模の地震が発生した場合に、沿岸各地に50cmの津波が到達するまでの想定時間等一覧表”から、尾鷲市に関する部分を抜粋しておきます。また、リンクも貼っておきます。
■津波浸水予測図(平成23年10月速報版)
防潮堤等の施設を考慮した場合の尾鷲市
早田地区は沿岸部で8mを越えています。しかも10月の速報値を、市は知らなかったのでしょうか?
■津波到達時間等一覧表(平成23年版)

尾鷲市の新想定を抜粋
「50cm津波到達時間(分)」は、地震発生に伴う地殻変動後の水位を初期水位として、そこから水位が50cm上昇するまでに要する時間を示しています。
私はこの夏に、岩手県下閉伊郡山田町に行って来ました。また、山田町と同様に、紀伊半島南部の豪雨災害においても、後方支援や実支援を継続的に行なっています。一方、東紀州地域の議員で、ここまで率先的にやっている方を聞いたことがありません。もちろん、適材適所、議員にも得手不得手があるので、私にも不得意な分野もあります。しかし、これまでの防災・減災活動を考慮しても、今回の大きな2つの災害は、東紀州地域や尾鷲市において、いままでの思考をひっくり返さないとならいほどの衝撃があったはずです。
せめて、公共施設は、耐震化の道筋を明確にし、津波被害を受ける場所にはつくらない決断が必要です。また、どうしても津波被害を受ける場所にある場合は、明確明瞭な避難手段と広報が必要です。さらに、想定場所に新規に建築する場合でも、津波に対応した強固で頑丈な建屋にするべきです。
あと、津波被害を受けたあとのまちづくりについて、いまから議論するべきです。これは、東日本大震災の教訓がいかされるはずですし、三連動の地震と津波後のあるべき自治体の姿を、そのときに考えるのではなく、いまこのときから考えていくのです。自治体が壊滅的になる恐れが免れない地域なので、それでも自治体として機能するまちづくりが求められるはずです。
やるべきことは、ちゃんと見えていないとなりません。
まさか、尾鷲市がそうであるとは思いたくはありませんが、「県(国)の想定が出ていないので」などと言っているとしたら、次に来るであろう熊野灘沖での巨大津波は、尾鷲市をどう変えてしまうのかと不安になります。
尾鷲市では、津波防災教育の顧問に、群馬大学の片田敏孝教授を迎えています。教授には、東日本大震災以前より、市の地域防災を助言する活動をしていただいておりましたが、釜石市内の防災教育の成果で、多くの児童・生徒、それにつられた住民をも巻き込んで、たくさんの命を救ったことが、大きくクローズアップされての採用でした。こういった担当部局の即応は、市が防災について率先した自治体であることの証明です。
しかし、実際の警報発令による住民の避難行動については、各メディアに報道されるほど、市では対策が浸透しているとは言えません。「避難所に逃げた住民は数%」などと、不名誉な数値でもって全国に報道されています。もちろん、これも毎回のように対策を講じていますが、最後は住民が決めることだと感じています。災害時に命を守るのは、行政や議会ではなく、自分自身が基本です。ただし、その方法や方策など、より命を守る手段を講じるのが、行政や議会に求められるのは言うまでもありません。
また、住民ではカバーしきれない防災や減災もあります。これは台風12号で大きな被害を受けた、紀伊半島南部でも明らかになっていますが(東日本大震災でも同じですが)、地域防災を考えるうえで、本当は重要視されないとならないことです。言葉で言うと、官民協働の地域防災や、災害ボランティアセンター、防災ボランティアコーディネーターなどです。東日本大震災や紀伊半島南部の豪雨災害においても、一過性で終わっているのが懸案事項です。また、私もわりかしこの分野で活動していますが、尾鷲市からは蚊帳の外的存在です。唯一、今回の豪雨災害で、名古屋などからのボランティアが市内に仮眠したときに、そのコーディネートができたくらいです。
とくに感じることは、津波への理解度と言うか、市役所内でも、担当課によって見解の違いが出ていることです。例えば、市防災センターの防災力は、自治体でもトップクラスです。防災教育の面でも、片田教授などを採用しています。しかし、いざ学校施設の建物となると、尾鷲幼・尾鷲小学校の耐震化事業では、東日本大震災を受けての見直しは、一切ないまま事業が進められました。私も委員会の場で、この件について質しましたが、「していません」とアッケラカンでした。尾鷲小学校の校庭は、海抜7.5mほどなのにです。反対に、輪内中学校の耐震化事業では、新校舎は津波対策が施されており、「デザインよりも、津波に対応した校舎を想定している」と言い切った設計業者が頼もしく感じました。
また、早田地区のコミュニティセンターの新築事業については、早田住民を巻き込んで、「津波の想定は、昭和19年の東南海地震で設計する」、「あのとき(昭和19年)よりも、防波堤などあるから」、「津波では山に逃げるから大丈夫」、「高台の候補地は適地ではない」、「早田地区の総意であるから」などと、「公共施設を津波想定場所につくる」ことを了承してしまっています。多くの自治体では、「津波を受ける場所には公共施設をつくらない」と行動しているのに、12月定例会の委員会においても、「早田地区の津波の新想定が発表されていない」と答えた岩田市長には、それ以上呆れてものが言えませんでした(実際には、速報版が出ていたんですけどね…)。
一方で、喧々諤々の道の駅については、「津波に対応できるのは、南インターしか無い」と、なかば断言しています。先の商議所との意見交換会においても、商議所の委員からは、「公共施設は津波の想定場所につくらない」と、市長以上の決断でもって発言されたのが印象的でした。まさに、早田のコミュニティセンターとは見解の違う意見なので、こういった矛盾を、議会はどう対応するのかが注目されているはずです。尾鷲幼・尾鷲小学校は津波の新想定はなしで、輪内中学校は新想定を想定、道の駅はなんとしても高台で、早田のコミュニティセンターは昔の想定で十分…これだけでも、大きな矛盾があるように感じるのは、はたして私だけなのでしょうか?
最後に、三重県の防災危機管理部が最近発表した”東北地方太平洋沖地震と同等規模の地震が発生した場合に、沿岸各地に50cmの津波が到達するまでの想定時間等一覧表”から、尾鷲市に関する部分を抜粋しておきます。また、リンクも貼っておきます。
■津波浸水予測図(平成23年10月速報版)

防潮堤等の施設を考慮した場合の尾鷲市
早田地区は沿岸部で8mを越えています。しかも10月の速報値を、市は知らなかったのでしょうか?
■津波到達時間等一覧表(平成23年版)

尾鷲市の新想定を抜粋
「50cm津波到達時間(分)」は、地震発生に伴う地殻変動後の水位を初期水位として、そこから水位が50cm上昇するまでに要する時間を示しています。
私はこの夏に、岩手県下閉伊郡山田町に行って来ました。また、山田町と同様に、紀伊半島南部の豪雨災害においても、後方支援や実支援を継続的に行なっています。一方、東紀州地域の議員で、ここまで率先的にやっている方を聞いたことがありません。もちろん、適材適所、議員にも得手不得手があるので、私にも不得意な分野もあります。しかし、これまでの防災・減災活動を考慮しても、今回の大きな2つの災害は、東紀州地域や尾鷲市において、いままでの思考をひっくり返さないとならいほどの衝撃があったはずです。
せめて、公共施設は、耐震化の道筋を明確にし、津波被害を受ける場所にはつくらない決断が必要です。また、どうしても津波被害を受ける場所にある場合は、明確明瞭な避難手段と広報が必要です。さらに、想定場所に新規に建築する場合でも、津波に対応した強固で頑丈な建屋にするべきです。
あと、津波被害を受けたあとのまちづくりについて、いまから議論するべきです。これは、東日本大震災の教訓がいかされるはずですし、三連動の地震と津波後のあるべき自治体の姿を、そのときに考えるのではなく、いまこのときから考えていくのです。自治体が壊滅的になる恐れが免れない地域なので、それでも自治体として機能するまちづくりが求められるはずです。
やるべきことは、ちゃんと見えていないとなりません。
議案第60号 工事請負変更契約について
生活文教常任委員会での採決について、私は反対しました。
担当課からの説明は理解できましたが、(尾鷲小学校の新校舎の外壁が)ログ工法から羽目板工法へ変更されることは、いくら工期に間にわないからといっても、大きな構造変更に違い有りません。これでは、入札自体の信頼性や公平性が失われかねません。すでに、設計ミスや予想外の追加工事によって、尾鷲小学校(尾鷲幼稚園)の耐震化事業は、どこか地に足が付いていない気がします。
■これまでの変更・追加など
・設計ミスによる追加工事
・工期遅れによる構造変更
・電気配線のやり変え
・教室の間仕切り追加
・井戸の発見と土壌改良
・水道管の漏水発見と再敷設
・あらゆる備品の追加購入
小学校(幼稚園)という、子どもにとって重要な学校施設でありますが、将来に遺恨を残すようなことを認めるわけにはいきません。結果として、その子どもたちに不幸を残すことにもなりかねません。もちろん、工事に携わる関係者や、苦労を強いられている関係者もいるでしょうが、”なんでもあり”にしてしまっては、”行政と議会の両輪”は、うわべの言葉で終わってしまいます。
今回の焦点である、ログ工法と羽目板工法によって、ログで使用するはずの柱材が大量に余ることが予測されます。大部分が、羽目板に再加工されると聞きましたが、角材に加工した材を板材に引き直すようです。それでも余るであろう材の行く末については、「ほとんど余らないと聞いている」ようです。しかし、その余りの材を他で消費するということ自体、当初の予定にはなかった使い方になるのではないでしょうか?そもそも、尾鷲産材を大量に使うというアイディアは、3.11の東日本大震災で見直されてよい部分であったかも知れません。やはり、津波の影響を受ける可能性がある学校施設は、強固でなければなりません。その再検証をせずに、この事業を進めたこと自体、私には理解しがたいことなのです。
前回の工事請負変更契約についても(このときは、設計ミスによる追加工事が焦点)、委員会で否決されたにも関わらず、本会議で賛成討論する議員などが出て、結果として採択されました。個々の議員の判断には言及できませんが、採決前に執行部から最後のお願いがされていたのであれば、これは行政と議会の両輪ではありません。そして、今回の工法変更などによる追加工事が出たのですから、「これで最後の変更契約ですね」と念押ししたくなります。
14日の今日、議場において採決が取られますが、尾鷲市の将来を考えてのこととして、毅然とした判断をしたいと考えています。
担当課からの説明は理解できましたが、(尾鷲小学校の新校舎の外壁が)ログ工法から羽目板工法へ変更されることは、いくら工期に間にわないからといっても、大きな構造変更に違い有りません。これでは、入札自体の信頼性や公平性が失われかねません。すでに、設計ミスや予想外の追加工事によって、尾鷲小学校(尾鷲幼稚園)の耐震化事業は、どこか地に足が付いていない気がします。
■これまでの変更・追加など
・設計ミスによる追加工事
・工期遅れによる構造変更
・電気配線のやり変え
・教室の間仕切り追加
・井戸の発見と土壌改良
・水道管の漏水発見と再敷設
・あらゆる備品の追加購入
小学校(幼稚園)という、子どもにとって重要な学校施設でありますが、将来に遺恨を残すようなことを認めるわけにはいきません。結果として、その子どもたちに不幸を残すことにもなりかねません。もちろん、工事に携わる関係者や、苦労を強いられている関係者もいるでしょうが、”なんでもあり”にしてしまっては、”行政と議会の両輪”は、うわべの言葉で終わってしまいます。
今回の焦点である、ログ工法と羽目板工法によって、ログで使用するはずの柱材が大量に余ることが予測されます。大部分が、羽目板に再加工されると聞きましたが、角材に加工した材を板材に引き直すようです。それでも余るであろう材の行く末については、「ほとんど余らないと聞いている」ようです。しかし、その余りの材を他で消費するということ自体、当初の予定にはなかった使い方になるのではないでしょうか?そもそも、尾鷲産材を大量に使うというアイディアは、3.11の東日本大震災で見直されてよい部分であったかも知れません。やはり、津波の影響を受ける可能性がある学校施設は、強固でなければなりません。その再検証をせずに、この事業を進めたこと自体、私には理解しがたいことなのです。
前回の工事請負変更契約についても(このときは、設計ミスによる追加工事が焦点)、委員会で否決されたにも関わらず、本会議で賛成討論する議員などが出て、結果として採択されました。個々の議員の判断には言及できませんが、採決前に執行部から最後のお願いがされていたのであれば、これは行政と議会の両輪ではありません。そして、今回の工法変更などによる追加工事が出たのですから、「これで最後の変更契約ですね」と念押ししたくなります。
14日の今日、議場において採決が取られますが、尾鷲市の将来を考えてのこととして、毅然とした判断をしたいと考えています。
道の駅について、商議所と意見交換会を開催
商議所からは、道の駅の運営についての要望書をいただいております。
■日時:12月14日(水) 19時
■場所:尾鷲商工会議所
■議題:道の駅について
要望書の件と、尾鷲における道の駅について、意見交換会を調整しました。明日は、私が司会を務めます。議員は任意の参加になります。
■日時:12月14日(水) 19時
■場所:尾鷲商工会議所
■議題:道の駅について
要望書の件と、尾鷲における道の駅について、意見交換会を調整しました。明日は、私が司会を務めます。議員は任意の参加になります。
尾鷲にとっての道の駅を考える、までに感じたこと
28日(月)の午前中、道の駅についての全員協議会がありました。
正副議長の考えでは、前回も議員懇談会形式で行ったことから(17日に開催)、今回も同様の方式でいこうとなりました。また、今回は執行部からの説明も受けようとなり、その形式で概ね了解をとっていました。しかし、「全員協議会に格上げ」との声があり、議長も「ではそれで」となり、今日の日を迎えました。冒頭の説明では、「意見交換という全協で」とありましたが、全員協議会は報告を受ける場であって、執行部に対しても1問1答となってしまいます。議論が生まれにくく、進行役にファシリテイトできる技量がなければ、散漫な議論で終わってしまします。結果としては、そうなってしまいました。こういったところに、議会改革の改革の概念が抜けていると感じてしまいます。私も、議長の補佐をすることもあって、発言する機会がありませんでした。議員であるのに一番してはいけないことは、”発言をしないこと”です。全体の進行を考えると、いまの立場ではし難い状況なので、非常にストレスがたまります。そう考えると、議員はやはり孤独な存在です。
全協終了後の議長に、ある新聞記者が、「今日の全協は、執行部の説明を聞きおいたということか?」と聞いていましたが、まさにその通りか、そう取られても仕方が無いと感じました。結局は、メディアの受け取り方は、”議員と執行部の議論として深まった”ではなく、”散漫的に好き勝手言い合って終わった”だったと感じています。NPO活動が全てにおいて秀悦とは言えませんが、NPO活動における議論のあり方と比較して、議会活動での議論はまだまだ古典的と感じてしまいます。
しかしながら、客観的に場を見ていることもあり、今回の道の駅のやり取りについても同様でした。スライドとホワイトボードを使用した副市長の説明は、熱心かつ”理解をしていただこう”との気持ちでいっぱいでしたが、第4候補地と言われる”尾鷲南インター”付近への設置誘導と取られても仕方がありませんでした。あの偏った説明では、第4候補地にしたい”事業者”のプレゼンテーションとも受け取られます。ここに、道の駅に行政が関与することへの批判があるのだろうと感じました。また、ほかの3候補地については、尾鷲市所有の1候補地を除いては、個人所有地であるにも関わらず、勝手に候補地として地権者にも理解を経ていないようでした。いまになってですが、これは行政主導としては、やってはいけないようにも感じます。しかも、あの説明では、他の3候補地がいかに道の駅に不適当かと言われているので、尾鷲市内でお客を相手に事業をしている個人事業主の所有地だけに、”商売はあそこではダメ”とも受け取られます。なぜなら、尾鷲の道の駅では、商業施設としての可能性もうたわれているからです。
いっそうのこと、無理な候補地を勝手に選定するのではなく、”道の駅は第4候補地しかない”との考えで進めたほうがいいのではとも感じました。いまのままでは、それをより明確にするために、3つの候補地がダシに使われているとしかみられなくなっています。副市長の説明からは、大きく3点が道の駅での議論の中心だったと感じました。1つは、道の駅の事業そのものが、国交省では打ち切りとなる公算が大きいこと(やるならいましかない)、2つ目は、第4候補地付近に、国交省が国道42号線の待避所(駐車場とトイレ)を設置予定であること(道の駅はそれに合わせてつくる)、3つ目は、尾鷲北インターと南インターを繋ぐ従来案が再浮上していること(南インターのフルインター化)です。この3つの話題提供について、議員としての議論が必要なわけで、道の駅の設置が先か、道の駅の運営方法や方式が先か、のようなコロンブスの卵的議論になってしまので、議論が散漫となってしまうのではないでしょうか。
また、道の駅の設置要素で考えると、”情報発信機能”が必要ならば、尾鷲には”尾鷲観光物産協会”がすでにあります。ここの情報提供量と情報発信量が少ないから、道の駅に情報拠点が必要との議論になってしまいます。協会が中井町から撤退し、道の駅に移るのなら多少の理解も進みますが、その協会の今後も示されていない状況です。確かに、道の駅マンボウをみると、道の駅に紀北町観光協会の観光サービスセンターが併設されているので、あれは訪れた人には有益だと感じます。※個人の好みにもよりますが、尾鷲と紀北町の協会公式サイトをみても、情報量とデザインの違いは歴然だと思うのは私だけでしょうか?また、尾鷲観光物産協会は、”尾鷲市”としての観光物産協会ではありません
次に、”休憩機能”として、24時間のトイレと駐車場が必要ならば、第4候補地付近に国交省が建設予定であるから事足りるはずです。そこに、”地域の連携機能”を考えなければということで、現段階では、”ドラッグストアやコンビニ、物産販売所、市街への誘客”などが加味されています。ここに、住民理解が得られない要因があると思うのですが、道の駅の称号が必要であるならば、地域の連携の連携のあり方を再考すべきではとも感じます。
終了後、「次回は意見交換会の形で」との声もありましたが、議論の的を絞らなければ、同じようなことになりかねません。すでに設置に関しては、尾鷲「道の駅」設置検討会も存在しているので、整合性もある程度は必要でしょう。かといって、検討会にばかり遠慮していては、負託を受けた議員としての存在が薄れてしまいます。尾鷲商工会議所との懇談の声もあったので、順次進めていく上で、尾鷲市にとっての道の駅のあり方を、議会として位置付けられたらと考えています。
正副議長の考えでは、前回も議員懇談会形式で行ったことから(17日に開催)、今回も同様の方式でいこうとなりました。また、今回は執行部からの説明も受けようとなり、その形式で概ね了解をとっていました。しかし、「全員協議会に格上げ」との声があり、議長も「ではそれで」となり、今日の日を迎えました。冒頭の説明では、「意見交換という全協で」とありましたが、全員協議会は報告を受ける場であって、執行部に対しても1問1答となってしまいます。議論が生まれにくく、進行役にファシリテイトできる技量がなければ、散漫な議論で終わってしまします。結果としては、そうなってしまいました。こういったところに、議会改革の改革の概念が抜けていると感じてしまいます。私も、議長の補佐をすることもあって、発言する機会がありませんでした。議員であるのに一番してはいけないことは、”発言をしないこと”です。全体の進行を考えると、いまの立場ではし難い状況なので、非常にストレスがたまります。そう考えると、議員はやはり孤独な存在です。
全協終了後の議長に、ある新聞記者が、「今日の全協は、執行部の説明を聞きおいたということか?」と聞いていましたが、まさにその通りか、そう取られても仕方が無いと感じました。結局は、メディアの受け取り方は、”議員と執行部の議論として深まった”ではなく、”散漫的に好き勝手言い合って終わった”だったと感じています。NPO活動が全てにおいて秀悦とは言えませんが、NPO活動における議論のあり方と比較して、議会活動での議論はまだまだ古典的と感じてしまいます。
しかしながら、客観的に場を見ていることもあり、今回の道の駅のやり取りについても同様でした。スライドとホワイトボードを使用した副市長の説明は、熱心かつ”理解をしていただこう”との気持ちでいっぱいでしたが、第4候補地と言われる”尾鷲南インター”付近への設置誘導と取られても仕方がありませんでした。あの偏った説明では、第4候補地にしたい”事業者”のプレゼンテーションとも受け取られます。ここに、道の駅に行政が関与することへの批判があるのだろうと感じました。また、ほかの3候補地については、尾鷲市所有の1候補地を除いては、個人所有地であるにも関わらず、勝手に候補地として地権者にも理解を経ていないようでした。いまになってですが、これは行政主導としては、やってはいけないようにも感じます。しかも、あの説明では、他の3候補地がいかに道の駅に不適当かと言われているので、尾鷲市内でお客を相手に事業をしている個人事業主の所有地だけに、”商売はあそこではダメ”とも受け取られます。なぜなら、尾鷲の道の駅では、商業施設としての可能性もうたわれているからです。
いっそうのこと、無理な候補地を勝手に選定するのではなく、”道の駅は第4候補地しかない”との考えで進めたほうがいいのではとも感じました。いまのままでは、それをより明確にするために、3つの候補地がダシに使われているとしかみられなくなっています。副市長の説明からは、大きく3点が道の駅での議論の中心だったと感じました。1つは、道の駅の事業そのものが、国交省では打ち切りとなる公算が大きいこと(やるならいましかない)、2つ目は、第4候補地付近に、国交省が国道42号線の待避所(駐車場とトイレ)を設置予定であること(道の駅はそれに合わせてつくる)、3つ目は、尾鷲北インターと南インターを繋ぐ従来案が再浮上していること(南インターのフルインター化)です。この3つの話題提供について、議員としての議論が必要なわけで、道の駅の設置が先か、道の駅の運営方法や方式が先か、のようなコロンブスの卵的議論になってしまので、議論が散漫となってしまうのではないでしょうか。
また、道の駅の設置要素で考えると、”情報発信機能”が必要ならば、尾鷲には”尾鷲観光物産協会”がすでにあります。ここの情報提供量と情報発信量が少ないから、道の駅に情報拠点が必要との議論になってしまいます。協会が中井町から撤退し、道の駅に移るのなら多少の理解も進みますが、その協会の今後も示されていない状況です。確かに、道の駅マンボウをみると、道の駅に紀北町観光協会の観光サービスセンターが併設されているので、あれは訪れた人には有益だと感じます。※個人の好みにもよりますが、尾鷲と紀北町の協会公式サイトをみても、情報量とデザインの違いは歴然だと思うのは私だけでしょうか?また、尾鷲観光物産協会は、”尾鷲市”としての観光物産協会ではありません
次に、”休憩機能”として、24時間のトイレと駐車場が必要ならば、第4候補地付近に国交省が建設予定であるから事足りるはずです。そこに、”地域の連携機能”を考えなければということで、現段階では、”ドラッグストアやコンビニ、物産販売所、市街への誘客”などが加味されています。ここに、住民理解が得られない要因があると思うのですが、道の駅の称号が必要であるならば、地域の連携の連携のあり方を再考すべきではとも感じます。
終了後、「次回は意見交換会の形で」との声もありましたが、議論の的を絞らなければ、同じようなことになりかねません。すでに設置に関しては、尾鷲「道の駅」設置検討会も存在しているので、整合性もある程度は必要でしょう。かといって、検討会にばかり遠慮していては、負託を受けた議員としての存在が薄れてしまいます。尾鷲商工会議所との懇談の声もあったので、順次進めていく上で、尾鷲市にとっての道の駅のあり方を、議会として位置付けられたらと考えています。
平成23年度第4回定例会
第4回定例会(12月議会)のお知らせです。
■日程
・11月
29日(火) 10時 議案上程、提案説明、質疑など
30日(水) 10時 議案調査
・12月
01日(木) 10時 議案調査
02日(金) 10時 議案調査
05日(月) 10時 質疑、一般質問
06日(火) 10時 一般質問
07日(水) 10時 一般質問
08日(木) 10時 生活文教常任委員会
09日(金) 10時 総務産業常任委員会
12日(月) 10時 予算決算常任委員会
13日(火) 10時 予算決算常任委員会
14日(水) 10時 委員長報告、質疑、討論、採決
※日程が抜けているところは休会です
■提出議案
議案第48号 条例の一部改正
議案第49号 条例の一部改正
議案第50号 条例の一部改正
議案第51号 条例の一部改正
議案第52号 条例の一部改正
議案第53号 条例の一部改正
議案第54号 一般会計補正予算(第4号)
議案第55号 国民健康保険事業特別会計補正予算(第2号)
議案第56号 後期高齢者医療事業特別会計補正予算(第2号)
議案第57号 病院事業会計補正予算(第3号)
議案第58号 水道事業会計補正予算(第1号)
議案第59号 第6次総合計画の基本構想及び基本計画の議決について
議案第60号 工事請負変更契約について(尾鷲幼・尾鷲小)
議案第61号 条例の一部改正
諮問第01号 人権擁護委員候補者の推薦について
報告第10号 専決処分について
報告第11号 専決処分について
報告第12号 専決処分について
報告第13号 須賀利巡航船㈲のH23年決算とH24年事業計画について
■日程
・11月
29日(火) 10時 議案上程、提案説明、質疑など
30日(水) 10時 議案調査
・12月
01日(木) 10時 議案調査
02日(金) 10時 議案調査
05日(月) 10時 質疑、一般質問
06日(火) 10時 一般質問
07日(水) 10時 一般質問
08日(木) 10時 生活文教常任委員会
09日(金) 10時 総務産業常任委員会
12日(月) 10時 予算決算常任委員会
13日(火) 10時 予算決算常任委員会
14日(水) 10時 委員長報告、質疑、討論、採決
※日程が抜けているところは休会です
■提出議案
議案第48号 条例の一部改正
議案第49号 条例の一部改正
議案第50号 条例の一部改正
議案第51号 条例の一部改正
議案第52号 条例の一部改正
議案第53号 条例の一部改正
議案第54号 一般会計補正予算(第4号)
議案第55号 国民健康保険事業特別会計補正予算(第2号)
議案第56号 後期高齢者医療事業特別会計補正予算(第2号)
議案第57号 病院事業会計補正予算(第3号)
議案第58号 水道事業会計補正予算(第1号)
議案第59号 第6次総合計画の基本構想及び基本計画の議決について
議案第60号 工事請負変更契約について(尾鷲幼・尾鷲小)
議案第61号 条例の一部改正
諮問第01号 人権擁護委員候補者の推薦について
報告第10号 専決処分について
報告第11号 専決処分について
報告第12号 専決処分について
報告第13号 須賀利巡航船㈲のH23年決算とH24年事業計画について
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尾鷲市議会議員 端無徹也の解体新書
by owase874
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当ブログに来て頂き、ありがとうございます。尾鷲市議会議員の端無徹也(はなしてつや)です。
議員活動をお知らせする手段の一つとして、ブログを開設いたしました。日々、私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告になります。
辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。
質問や批評など、ご意見がございましたら、下記宛にお願いします。何かしらの方法で、きちんと対応させていただきます。ただし、ブログのコメントには、できる限り返答をいたしますが、端無自身の裁量になることをお許し下さい。
◆PCメール
kurage874@mbd.nifty.com
◆現住所
尾鷲市北浦町1-8
0597-22-8618
なお、たくさんの意見や考えをお聞かせ願いたいので、直接にお会いすることも可能です。日程調整などしますので、その旨をお伝え下さい。


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