防災ボランティア活動の意義をみんなで考える

 内閣府主催の平成21年度防災とボランティアのつどいに参加してきました。

 会場はほぼ満席でしたが、顔見知りでは、鳥羽市議会議長の中村欣一郎さんの姿がありました。中村さんは、NPO法人みえ防災市民会議でともに活動している災害救援ボランティア(災ボラ)仲間です。また、鳥羽市といえば、三重防災危機管理部地震対策室主催の「みえの防災大賞」を、「子育て応援!!0,1,2,3サークル」が受賞されています。
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 昨日に引き続いての、防災・減災に関する政務調査になりましたが、どの分野の、どの職種の、どの立場の人であれ、「生命と財産を守る」ことに違いなく、阪神・淡路大震災後を出発点に、官民の協働が最も進んだ分野といえるのではないでしょうか。それだけに、各自治体が抱える問題も似通っており、それは昨日の災ボラ議連の交流でも感じたところです。

 この抱える問題の共通点は、「(組織、団体、個人であれ)自らが壁をつくっている」ことであり、「防災や減災について、知らないことをほかの組織や団体、率先する個人に聞けない」ことの弊害がありました。単純なことですが、財産や生命を守ることを同じ目標にしていながらも、それぞれの担当者の理解不足や、「聞けないプライド」による人災がクローズアップされました。

 昨日の交流で、最も意見が多かったことは、「社会福祉協議会の関わりが不透明である」ことでした。今日のつどいでもそうですが、こういった現場に出ている社協は、担当者が熱心であることはもちろんですが、「常にネットワークを求めている」意識を感じます。しかし、行政でいえば「防災や危機管理の担当」があるのと違い、社協は公共的な機関であるだけで、公務員ではないことから、専属の仕事として担当できることにも限りがあります。だからこそ、私の知っている社協の職員は、「できないことが多いから、人に頼るしかないんですよ。」の姿勢を強く感じます。

 だからといって、防災と社協が切り離して考えられないのは、社協業務の主となる福祉の面からも当然ですが、「災害ボランティアセンター(ボラセン)」の位置づけがあるからです。今日のつどいでも、被災地でのボラセン活動や、ボラセン自体のあり方が紹介されていましたが、そのイニシアチブをとっているのが社協であり、内外の災害救援ボランティアや、防災・減災で率先するNPOやNGOとの連携を欠かしていません。ここで、連携することへの理解や勇気がないと、「ボラセンは社協単独で設置運営する」と、マニュアル主義でさらに混乱をきたす実態も周知の沙汰となっています。

 そのため、さらに進んだ自治体では、ボラセンの設置を自治体の首長が指示し、条例で明文化しているところもあるようです(京都府や京都市など、詳細は調査中)。その条例では、市長の指示で設置がなされ、社協や率先する市民や団体の協働で管理運営していくことも綴られています。これですと、災害で被災したと同時に、ボラセン設置のプロセスが発動し、適切な時間と期間で、ボラセンが設置運営していくことになります。ここでの社協は、社協としてできる得意分野で協働しながら、ボラセンの運営プロセスなどは、率先する災ボラに任せてしまうこともできます。それは、いちはやく社協業務を復帰していく上でも理にかなった参画です。しかし、ボラセン運営を社協の担当者などが固執する現場があるので、「これで被災者が救えるのか!ボランティアはここまで来ているのをどうするんだよ。」と、どやされる現場に出くわすことになります。

 確かに、現地社協にとっては、上部社協(県社協とか全社協)の指示などに沿って動くべき組織であるので、すでにマニュアル化している社協もあるなかで、災ボラとの連携を明文化していなければ、「よそ者がしゃしゃりでるな。」となってしまいます。ここが落とし穴で、社協が固辞しておいていかれる現場に遭遇したこともあります。昨日の交流では、「行政の防災計画の中に、ボラセンのことが書かれているが、行政は社協任せ、社協は知らないということになっている。」ともありました。これでさらに社協が協働しない体質であれば、その自治体が被災した災害現場は、想像したくないほどの混乱をきたすことになります。さらに、行政や社協が信用していない理由には、「混乱をきたす主が外部のボランティア」であることも影響しています。

 これも事実と言えばそうなのですが、「だからこそ、日頃から信頼関係をつくっておく」ことに主眼をおき、行政や社協の本来業務を支援する立場としても、ボラセン時だけでないネットワークづくりが必要となってくるのです。必ずと言っていいほどに、災害現場の被災地は混乱し、それを第3者の視点で行動できるのが、災害救援ボランティアになります。そのスキルを持っている災ボラの個人や組織は、在住している自治体にいれば知的財産であるし、全国に散らばっているようにみえても、強固なネットワークで繋がっています。これを率先して利用しない手はないので、協働の流を明文化するためにも、自治体での条例化が今後の流になりそうな気がしています。

 今日のつどいは、まさにそれを考えるために設定された内容が多く、全体会の「防災ボランティア活動の意義を考える」では、社協と災ボラの協働がもたらす効果が大きかったです。尾鷲市の場合を考えると、行政や社協とまったく連携がないわけでもありませんが、災ボラとして、市内で外部とも連携がある人物が私だけかも知れないということもあります。そろそろ同じテーブルについて、今後の防災や減災をともに考えていく場をつくってほしいと言いながらも、どこか敬遠されているように感じているところです。私も、尾鷲市の出身者でないので、まだまだ理解に時間がかかるのかも知れないし、私自身の性格も大きく影響しているでしょうが、目指す先は同じなので、(東紀州DVC養成講座の開催など)少しずつ進んでいるとはいえど、もっと行動する時期に来ているのになあと考えています。関係者の方が、このブログを見ていらしたら、「また端無か。」と思いつつも、災ボラとしてのネットワークや私の知識を、尾鷲市の防災や減災を考える一つに利用していただきたい切望しています。いつも言っているのですが、私が尾鷲でしているすべての市民活動は、「有事の際にどれだけ即応できるか。」に繋がっているのです。

 全体会の質問では、「ボラセンの運営費用の出どころ」についても言及がありましたが、これも不透明な部分が多く、噂話が先行していることもあります。実際には、ボラセンの設置によって、都道府県の共同募金会からの活動資金を、最低300万円確保することができます。これは、災害救助法の適用と、共募による審査を必要としますが、概算請求で使える都合よい資金なので、「社協が管理する資金」という間違った理解で、現地社協だけで使ってしまう場合もあるようです。三重県の共募では、「ボラセンの運営資金は、ボラセンを設置したボランティア団体・グループ等及び民間社会福祉施設からの請求があった場合」と明文化されているはずです。

 また、共募からの活動費以外では、財団や法人、NPOやNGOなどからの支援金や、個人を含めたボラセン活動費の募金で援助される場合があります。自治体の中には、この支援金を準備金として積み立てているところもあり、必要に応じて援助されます。この活動費は、ボラセンの活動全てに適用されるので、資機材を購入するだけでなく、ボラセンスタッフの人件費や宿泊費にも支出ができます。ただし、被災地のニーズを片づける災害救援ボランティアには適用されないので、「ボランティアに来たから交通費を欲しい。」とはなりません。だからと言って、人件費が欲しいから、ボラセン運営に関わらせてともなりませんので、日頃の連携などが必要となってくるのです。

 平成16年の旧海山町でのボラセンでも、総額515万円ほどの資金が確保でき、この資金を狙うボランティアまがいが存在したことも確かです。言葉巧みに、被災地での経験などを語りながら、「すべて自分が仕切る」とか言い出すので、これを整理することができるのは、防災ボランティアコーディネーターの腕の見せ所です(当時の私は、このセクションで活動しました)。しかし、災ボラに頼ることも必要ですが、ボラセンの設置自体を条例化し、運営を社協や災ボラと協働することにしておけば、この手のボランティアまがいの侵入を防ぐこともできるのではないでしょうか?そのためには、社協や災ボラとの連携はもとより、行政との定期的な懇談によって、「あの災ボラは信用できるから、彼が紹介してくる外部の災ボラは信用していい」となるはずです。

 私が災ボラでもあるので、災ボラとの関連ばかり述べてきましたが、誤解してほしくないのは、「災ボラも復興や減災活動のひとつに過ぎない」ことです。大規模災害の被災では、まずは生き残った自治会や自主防、消防関係者が救援活動に奔走します。場合によっては、自衛隊の知恵や行動力を必要とします。被災地の初動活動では、災ボラの立ち入る場面はないので、これら関係者の力に頼るしかありません。しかし、自衛隊の活動が終わり、地元関係者の活動が疲れてくるといわれる被災3日後あたりからは、われわれ災ボラの出番となります。そのために、災ボラも情報収集を共有し、現地での活動を想定しながら行動することになります。このときに、現地との連携があるのとないのとの差が出てしまいます。また、その現地で知った顔がいるのといないのにも繋がるので、私はこの地域の受け皿(災ボラ窓口)となれるよう、日頃よりこうして活動しています。

 先だって、尾鷲市の防災センターへ、内閣府や国交省の防災担当者が現地調査に訪れていました。昨年の台風18号のときなどで、避難勧告の発表が早いことに着目した調査でしたが、たまたま知り合った調査団の方より、夕食の席へ誘っていただきました。調査団のコーディネータとなっている某大学の准教授とも名刺交換をしましたが、防災関係で繋がっている人物も多く、すぐに溶け込むことが出来ました。また、私のような災ボラやボラセンのことにも興味を持っており、限られた時間でしたが、それぞれの関係者と意見や実態を交わすことができました。ここの場でも、「生命や財産を守る」ことに奔走している仲間がいることに感銘をうけたところですが、それぞれの職域や得意分野が協働していけば、災害列島といわれる日本全体の国益を守ることができるのです。

 阪神・淡路大震災より15年、あの災害によって、私のように防災・減災活動がライフワークとなった人物は、全国各地で活動し活躍しています。できるかぎり多くの仲間と共有し、この地域や尾鷲市に目を向けてもらえるような活動を、今後も続けていくことに変わりはありません。

※テキストエディタで作成した転写なので、あい変わらずの長文になってしまいました。
by owase874 | 2010-01-24 21:14 | 防災とまちづくり


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

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ご挨拶とブログの概要

当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

ときには辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。

質問や批評など、ご意見がございましたら、下記宛にお願いします。何かしらの方法で、きちんと対応させていただきます。ただし、ブログのコメントには、できる限り返答をいたしますが、端無自身の裁量になることをお許し下さい。

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