故人を偲ぶ

 尾鷲市議会議員の濱口文生議員がご逝去されました。

 20日の午前中に連絡をいただきましたが、突然のことで驚きました。長らく病床にあったと聞いていたので、ご家族の心情なども察するところです。なによりも、本人が一番無念であったかもしれません。

 私と濱口議員の出会いは、実は私が議員になる前、それこそ私が尾鷲に来た当初のことでした。右も左もわからないまちでしたので、路地歩きや食べ歩きで毎日を楽しむしかありませんでした。それは楽しいものでしたが、人間的なつき合いがあるわけでもないので(自分のカフェで、お客とのつき合いはありましたが)、味気ないといえばその通りでした。

 そういう毎日を送りながら、路地歩きをしていたある日、私より濱口議員に声をかけました。尾鷲神社前の道路の路肩で、花の手入れをしていたからでした。そのときは、議員であることも知らずに、私にとっては気のいいおっちゃんにしか見えませんでした。私も植物いじりが好きなので、世間話のような会話を交わし、それ以後も、何度か言葉を短く交わしておりました。

 やがて、私が議員に立候補したとき、選挙活動中のことですが、須賀利でいっしょになったことがありました。私にとっては初めての選挙であり、選挙カーに居合わせた運動員の仲間たちにとっても同じでした。お互いに立会演説をしようとしていたので、私が先を譲った形になりました。いまだから言えますが、立候補者が立会いをどのようにするのかを、観察したい気持ちもあったからです。そのくらい、私や仲間には、選挙への知恵がありませんでした。

 狭い須賀利の路地なものですから、漁協前で車をほぼ並べた形で駐車し、車内で固唾を呑みながら聴いた記憶が残っています。いま考えると、それは失礼にあたると恐縮しますが、濱口議員の立会いが終わったあと、車内ではため息が漏れたのも記憶に新しいです。もちろん、「ベテランの人はすごいなあ」というため息です。そして、圧倒された私は、半分の時間にも満たない立会いをそそくさとするだけで、車内の仲間たちと逃げ帰るように須賀利をあとにしました。しかし、それ以降の立会いは、なんだか自信が持てて挑めました。

 選挙が終わり、なんとか当選をいただいた私は、議会で濱口議員とお会いすることになりました。少しあとになってからですが、「君は、須賀利で(私が立会いを終えるまで)待っていただろう?間近で見られるとやりにくいんだよ」って、当然の如く言われてしまいました。お叱りを受けた感じはしなかったのですが、「大変に勉強になりました」と私も答えつつ、反省の弁を述べたところです。それ以後は、あまり言葉も交わさなくなりましたが、どちらかといえば、それまでの花のおっちゃんのイメージがあったので、そのギャップで近寄りがたくなってしまいました。

 やがて、私が当時の特別委員会の委員長を持たせていただくことになったとき、濱口議員とは対極になってしまいました。その役選の絡みもあったのですが、ときに私の一般質問では、後ろの席より野次を飛ばされ、一緒になる委員会では厳しいご指摘や意見もいただくことになりました。いま考えると、あのときの嫌な気分が、やがて役選の時期になると魑魅魍魎することに嫌気がさしたきっかけでもありました。それ以降は、自分なりの答えを出してきたつもりです。

 再び、私が距離を感じなくなったのは、奥田前市長の件からでした。とりわけ地方自治法に詳しい議員であったので、勉強になる意見をいただくこともありました。しかし、いつからか、体調が優れないなと感じることも多くなり、さらにそのことを自らの口から聞くようにもなりました。相変わらずの煙草を吹かしながら、ボソッとつぶやくように吐き捨てていたのを、何度か耳にしました。「煙草が悪いんですよ」って言う私に、「やめられるもんなら、やめとるわ」って切り替えしてくる笑顔を思い出すことができます。

 議会で顔を合わせる機会がなくなる直前のことですが、「私も体調が戻ってくれば、また一般質問などしたいと考えております」と挨拶したことがありました。そのときの寂しそうな表情が印象的で、「また勉強させてください」という私に、言葉なく笑顔で返されたのが、私にとっては最期でした。なので、私にとっての濱口議員は、いつもの笑顔で答えてくれた、やはり花のおっちゃんだと感じています。いまとなっては、あのときの笑顔しか思い出すことができません。

 濱口議員のご逝去の報を承り、私なりの思い出話をさせていただきました。あらためて、謹んでお悔やみ申し上げます。

 ありがとうございました。
by owase874 | 2011-02-24 01:57 | コラム「温故知新」


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当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

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