山田町の被災状況を案内していただく

 ただ見るのとは違い、説明を受けながらの案内は、大変に参考になりました。


 山田町役場は、玄関で約11mの標高ですが、このスロープの下まで津波が襲来し、役場の地下が浸水しました。国道45号線で約4m、スロープ下では約9mなので、1-2mの違いが生死を分けたと言えます。ここから、堤防を越える津波が見えたり、火災の猛火に驚愕したと聞きました。役場がある敷地には、保健センターや、物資センターとなっている中央公民館があります。しかし、出入り口は海側にしかなく、背後である山側には抜けることができません。「鉄道があるのだが、後方に出られないので、救援にも行けなかった」と聞きました。
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山田町役場へのスロープ


 市場周辺も、破壊的な大きい被害を受けていました。水産加工業者のほとんども被災しており、再建のめどがたっていない事業者も多いと聞きました。ほとんどが、マイナスからの再建になるので、多くの後押しが必要です。
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山田魚市場


 60cm~70cmほど地盤沈下しており、このときも海水面がすれすれでした。市場は骨組みだけになっていて、隣に新設する工事が始まっていました。山田と船越に所属する漁船は、震災前は約2,100隻あったようですが、約1,500隻が被害を受けたようです。また、主要産業でもあった、山田湾を埋め尽くすように並んでいたカキやホタテの養殖筏も、いまはほとんど見る影がなかったです。三重県からは、三重漁連を通じて、漁船や漁具を支援したと聞いています。
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市場を新設中


 織笠の山手にある山田中学校は、統廃合後に建てられた立派な中学校でした。この学校の近くの、市営グランドがあった場所に、いまは仮設住宅が並んでいました。避難所などから離れた仮の生活ですが、すでに始まっており、今後は見守り隊などの戸別訪問などが必要になってくるでしょう。孤独死やコミュニティの構築など、多くの課題があるからですが、行政の手が行き届かない場合は、多くのボランティアが補完します。誰かが関与することで、津波で生きながらえた人たちを、孤独に追いやってはなりません。
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仮設住宅


 自衛隊が駐屯し、自衛隊による野営銭湯があった山田高校です。いまなお、仮設住宅への入居待ちをしている避難者がいますが、いまは町営となった野営銭湯がありました。また、長期的に学校施設が避難所となる現実は、尾鷲市においても想定と対応を考えた方が必須です。この問題は、今回の震災の大きな課題ともなっています。
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山田高校グラウンド


 織笠地区も、海岸部は壊滅的な被害を受けました。三陸鉄道の織笠駅も跡かたなく、鉄橋も流出しています。今回面会した、織笠出身の沼崎町長や、山田町社会福祉協議会の福士事務局長の自宅も被災しました。福士事務局長においては、自宅に留まっていた奥さまやお祖母さんを亡くされており、明るく振る舞っている姿に、胸を締め付けられる思いになりました。山田商工会の阿部会長も、「知り合いに出会うと、「よお、無事だったが」とまでは言えても、そのあとは聞けね」と言っておられました。誰かれ、身内が無くなっているからで、明るく挨拶するだけで精いっぱいとのことでした。
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織笠地区


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山田道路からの織笠地区


 船越半島の南側に位置する小谷鳥地区は、公民館に避難した避難所ごと津波にさらわれた地区です。辺り一帯は、集落があったことすら想像できない壊滅的状況で、警察による捜索が続いていました。
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小谷鳥地区


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警察による捜索


 船越地区は、外洋に面した船越湾と、内湾の山田湾に挟まれています。海跡湖と思われる入江田沼がありましたが、いまは瓦礫や土砂で想像しがたい状態でした。あの日、津波が押し寄せたとき、双方の湾から津波が駆け上がり、外洋に近い船越湾からの津波が早く到達し、山田湾側に近い鯨と海の科学館あたりで、大きな波しぶきとともにぶつかりあったと聞きました。湾から湾まで約1.3kmほどですが、どちらの堤防も壊滅していました。いまは、瓦礫の集積場にもなっており、すさまじい状況です。
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船越湾側の堤防


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8.5mの堤防上より


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向こうの道路まで堤防があった


 都市計画地区に位置していた山田病院も、1階部分が浸水し、いまは閉鎖しています。診療機能は、大沢地区の総合運動公園の駐車場に、仮設病院を設置して対応しています。山田町には、入院できる病院施設がない状態ということで、病院の存続問題も、今後の大きな課題とのことでした。平成8年の建屋だけに、大変もったいないですが、この場所での再開にはリスクが大きいです。
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県立山田病院


 9つある小学校で、唯一被災した船越小学校も案内いただきましたが、あまりにも衝撃的でしたので、別記します。
by owase874 | 2011-08-11 06:54 | 防災とまちづくり


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

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当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

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