まちの復興は、生活に密着したところからはじまる~山田町から学ぶこと~

 山田町訪問の2日目です。

 1日目は、山田町役場にお世話になりました。2日目は、より生活に密着した現場を政務調査することにしました。また、三重県が官民協働で設置した、”みえ災害ボランティア支援センター”が支援している各所も訪問しました。行政支援と民間支援の双方を調査することで、復興プロセスや地域防災を学ぶことができました。

 1日目の夜は、宮古市内で宿をとったのですが、山田町災害ボランティアセンターを支援するために、三重県からの現地スタッフとして派遣している二瓶さんに同行いただきました。また、ちょうどこの時に、三重県からの第2次先遣隊として派遣した西村さんもボランティアに来ていたので、お二人よりボランティアやこれまでの活動状況などを聞き取りしました。お二人とも、私の友人であります。

 二瓶さんに至っては、山田町入りしてから77日目になっていて、キャンプ場でテント生活をしながらの支援活動をしています。主には、ボランティアセンターからの派遣活動ですが、三重県からのボランティアバスの受け入れや送り出し、みえのセンターからの依頼や交渉などもしています。みえのセンターからは、21便となるボランティアバスを派遣しているので、なかには親しくなったボランティアもいて、独自の交流もしています。私を通じたボランティアの受け入れもしていただき、三重隊とともに汗をかいていただいています。
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二瓶さんの仮の住まい


 二瓶さんも、西村さんも、被災地での救援ボランティアを経験されており、”外部からの支援”の必要性や課題を聞くことで、尾鷲市にも当てはまるであろう問題も提起されていました。「外部からの受け入れは、こういった活動を知っている”人”によることが大きい」や、「被災した自治体に日ごろからの連携がなければ、被災したあとの活動に大きな支障が出る。ややもすれば、外部からの支援を想定しない行政や社協が弊害になることも否定できない」などは、私の実感としても大きな課題だと感じています。

 二瓶さんには、2日目も同行いただきました。

 山田町商工会では、阿部会長をはじめ、佐藤専務や、みえ災害ボランティア支援センターが現地雇用した職員の佐藤さんに対応していただきました。三重県の予算で現地雇用したことは、いかにも官民協働の三重県らしいアイディアです。雇用促進が必要とされるなかで、このほかにも、山田町観光協会の職員を募集をしています。

 商工会でも、多くの事業所が被災し、会長も専務も自身の店舗が被災しました。1日も早い事業所の復興が、山田町全体の復興に繋がるという話は、もっともだと考えています。多くの自治体に設置された災害ボランティアセンターでは、事業所の復興もボランティアが支援しています。店舗の被災を復興することで、まちには活気が戻るし、生活の再建を後押しします。山田町では、”しまむら”や”ホーマック”など、大きなチェーン店が復興をはじめていますが、個人事業主の店舗は、まだまだこれからです。最近では、震災直後から青空市場などで生活を後押ししていた地元スーパーの”びはんストアプラザ店”が営業再開をはたし、多くの買い物客でにぎわっていました。
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7日に営業再開


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スマイルガーデン(三林議員撮影)


 敷地内に併設された”スマイルガーデン”は、商工会が支援した個人店舗の仮店舗営業となっており、6店舗が営業を再開、または準備をしていました。商工会では、こういった店舗形態での営業再開を今後も支援し、会員だけでなく、会員外の問い合わせにも応じているということです(その第1号は、商工会前の公園に設置した”なかよし商店街”の仮設テント)。震災から5カ月が経過し、避難所での生活から、仮設住宅での生活に移ってきています。自宅避難者とともに、自力復興も考えないとならなくなったことで、多くの課題はありますが、商工業の再開が大きくカギを握っているとも感じました。
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商工会前のなかよし商店街(三林議員撮影)


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正面奥が山田町役場


 今後も、山田町商工会には支援を進めていくことをお約束し、三重県との窓口には、職員の佐藤さんにご活躍いただくことになります。個人的なつながりでは、三重県からのボランティアをはじめとする市民間の交流がありますが、支援のつながり方は、多種多様であったほうがより密接になると考えています。

 申しわけないほどの歓迎を受けて商工会をあとにし、山田町役場で豊間根議員と面会しました。豊間根議員とは、震災直後よりtwitterで交流をしており、今回の政務調査視察の窓口にもなっていただきました。震災当時、役場で被災した豊間根議員は、深夜になって在所である豊間根地区まで戻ったそうです。このとき、山間部にある地区は、大きな被災をしなかったので、炊き出しの準備をしていたそうです。「この地震は、ちっとやそっとではおさまんね。いま力を出し切ってはだめだ」と、継続的な救援が必要であることを、地区内の避難所で説いて回ったそうです。
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左より、二瓶さん、私、豊間根議員、神保議員(三林議員撮影)


 被災地からの情報発信は、発災直後より、それこそ多くの方によりされていましたが、議員による発信は稀です。多くの理由はあるでしょうが、単純に、情報端末を扱える議員が少ないからでしょう。そのなかで、多くのことを同時進行しながら発信する豊間根議員には、当初より興味があり、忙しいのを承知でいろいろとお願いや情報提供もしていただきました。今回も、忙しい合間を縫って面会することができ、議員としての立場や行動も見聞きすることができました。
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山田町災害ボランティアセンター(三林議員撮影)


 役場をあとにして、次に山田町災害ボランティアセンターも訪問しました。ここは、昨日も案内してもらいましたが、副センター長の岡田さんに面会しました。時間の行き違いで、その後には、センター長の福士事務局長にもお会いすることができました。
 この日まで、みえのセンターを中心に、延べ2,500人を超える多くのボランティアの受け入れもしていただいています。私も、後方支援として活動してきただけに、実際の訪問には感慨深いものがありました。岡田副センター長は、前評判通りの巨漢で、”熊さん”の愛称がぴったりの、山田町にいちはやく駆けつけた、北海道からきたNPOでした。
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船越地区の入江田沼(右)と山田湾(左)


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津波と火災に見舞われた田ノ浜地区


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海は澄んでいた


 「行方不明者の捜索を、山田町では上空からもしている。海からの捜索との違いを見てほしい」と言われ、ボラセンとなっているB&G山田海洋センターのグラウンドに駐機していたヘリコプターに搭乗しました。いまだに76名の安否が確認されておらず、8月には入ってからは、ヘリコプターによる捜索で1名が発見されたと聞きました。上空に上がって感じたのは、海から水平に見るのと、上空から見下ろすのとでは、大きな違いがあると実感しました。
 体験であったので、短いフライトにしていただきましたが、安否不明となっている家族や親類などにとっては、ご遺体の発見は、最期の望みであると感じています。海洋とヘリコプターによる3次元捜索を、独自にやっているのは山田町だけです。
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みえからのボラバス21便の帰途


 このあと、道の駅やまだ内に臨時オープンしている、山田町観光協会も訪問しましたが、担当職員が不在で挨拶だけでした。この道の駅は、人気コミックにも登場したことがあるので、その行となった”わかめソフト”が有名だと知りました。しかし、わかめ粉が入手できずに販売中止になっているとも聞きました。お土産だけでなく、日用品も販売しており、また、ボラセンより近いということもあって、大変なにぎわいでした。こじんまりとした道の駅でしたが、尾鷲市が学ぶことはあるなとも感じました。
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道の駅やまだ(写真中央)


 予定より遅れてしまいましたが、山田町社会福祉協会が入居している保健センターにも立ち寄り、山田町社協の事務局長で、ボラセンのセンター長も兼務している福士さんにお会いしました。織笠地区にある自宅が被災しただけでなく、家にいた妻と祖母も亡くされており、かける言葉ないほど身につまされました。そのなかで、福士事務局長を筆頭に、多くの社協職員や関係者が、不眠不休で活動しているのを聞いておりました。やっとお会いできたことに感激しましたが、今後の支援もお約束したところです。

 今回の視察では、”被災地を見てくる”のではなく、”復興に奔走している人々”との出会いに重点をおきました。被害を受けた建物や、壊れた堤防は、あらゆる手段で見ることができます。しかし、その場に居合わせた方や、被害に遭われた方々の生の声は、私の大きく心に響き、結果としては、津波と生活が密着していたことを実感しました。このさき、集団移転や部分移転はあったとしても、故郷であるこのまちには、”今後も何が起ころうと、それでも、住み続けなければならい”のです。

 山田町の皆さんには、実際にお会いした方を含め、twitterなどで交流していただいてる多くの皆さんにも、今回の視察ではお世話になりました。また、盛岡市内で宿泊した際にも、在住者からのツイートなどに助けられました。
by owase874 | 2011-08-13 10:12 | 防災とまちづくり


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

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当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

ときには辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。

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