はなし徹也の選挙戦を振り返る、その三

 今回、私は私の責任において、1.ウグイス嬢を使用しない、2.街頭演説と徒歩による選挙活動、3.街頭演説は期間中に100回は最低するを課しました。100回はどうみても少ないですが、候補者のなかでは多いほうだとは感じました。そして、3歳になるひとり娘を子育てしていることから、1.朝ごはんはきっちり食べさせる(朝の支度全般を私自身でする)、2.夜のお風呂と寝かしつけを私自身でする、3.洗濯を毎日するも課しました。これもまた、私の勝手な約束事ですが、子育てしながらの議員活動を目指すからには、大事なことだと感じました。

 ウグイス嬢を使用しないのは、道中の名前の連呼もできず、また私の休憩中に街宣車を走らすこともできないので、これが結果的に痛手になりました。「名前の連呼らでなにがわかる」との指摘もあって挑戦しましたが、「今回は、回ってこなんだ」とのお叱りや苦言を受けてしまいました。当然ですが、私が候補者であること自体、知らない世代や地域もあります。それにまず気づいてもらうことも、やはりしなければなりませんでした。まあ、この辺りの頑固さが、私の落選の要因にもなっています。スタッフのなかには、ウグイス嬢を申し出てくれていたので、すまないことをしました。しかし、自分のなかでは納得した上で、貫き通しました。

 また、徒歩による街宣活動は、1日あたり約10キロを超える日もありました。曽根、古江、三木里、三木浦、早田、九鬼、須賀利は、ほぼ歩いて街宣しました。梶賀と賀田は、日程的に難しくなり、街頭演説にとどまりました。尾鷲市街では、北浦一体、馬越町、宮ノ上町、座ノ下町、坂場一体、栄町、中井町、港町、林町の一部、朝日町の一部、中央町の一部、中村町の一部、南陽町の一部は歩きましたが、例えば天満浦と桂ケ丘だけは、一度も出向くことができませんでした。また、古戸町、古戸野町、上野町、小川一体、中川、瀬木山、倉ノ谷町、泉町、光ヶ丘、矢浜一体、向井、大曽根、行野浦も、街頭演説にとどまりました。これまで2回の選挙戦では、市街はほば歩いていたので、距離としては稼げませんでした。その分、街頭演説を多用したのですが、ここにも敗因があると感じています。

 街頭演説においては、最終日には31ヶ所で行い、その1日前の金曜日には、午後からでしたが25ヶ所で行いました。徒歩での際も、選挙ポスターの看板の前などで街頭演説をうったので、1日平均18回くらい、約130回はやりました。この街頭演説は、結果としてはよかったですが、訴える内容を3つに絞り、防災や減災、子育て、学校教育について街宣しました。ときには、議会がひとつになるための資質を問いかける内容も含めましたが、これらの内容が響いたかどうかは、落選の結果を見る限りでは、信任を得るまでには至らなかったのかも知れません。どちらかと言えば、若い世代向けの内容でもあったし、尾鷲市の有権者の中でも、実際に投票する層には響かなかったのかではないかと推測します。また、そういう出来事が、選挙中にはありました。この出来事は、私には非常に大きく、いまもわだかまりとして残っています。

 その出来事とは、最終日のことです。ある限界集落へ、街頭演説に行ったときですが、ハッキリと別の支持者を名乗る数名に取り囲まれ、「あんたは、子育てとか、未来のこといいよるけど、ここにはもう子どもらおらへん。老人しかおらんのに、老人のことはなんにも言わへんのかいな?子どものことらどうでもええよって、私ら高齢者のこと考えんかい!」ってお叱りを受けました。さらに、その支持者の支持をするようにも助言をいただきましたが、その根の深さと浅はかさに、このとき自分は選挙には落ちるのではないかとさえ感じました。

 実際にもそうなりましたが、高齢者の多くが、若い世代には期待をしながらも、実際にはいまの自分たちの生活が第1で、この人たちのように、自分の子どもたちが尾鷲にいないと言うことで、他所に送ってしまった我が子や孫のことなどは、まさに関係がないのです。もちろん、他人の子どもまでを考える余裕がなく、これが全てではないですが、今回の選挙の結果をみても、単に若い世代の候補者の選挙戦略にツメが甘いとかだけでなく、この地域が抱える現実課題では、子育ての環境以上に、高齢者への配慮が必要だったと言うことです。まあ、わかっていたことでもあるのですが、そこを同じにしても、私は当選ラインに乗ったとは言えません。しかし、有権者に65歳以上が7,500人以上もいる尾鷲市ですから、積極的に選挙に行く層であることからも、勝負をどこでするのかは、当選するには非常に重要でもあります。

 実際にも、私の支持層は、もちろん高齢の方もいるのですが、スタッフが若い世代ということもあり、選挙にいかない同世代に選挙に行ってもらうことを、切にお願いすることも多いです。また、私の友人であっても、「政治では世の中は変わらない」と、選挙協力をしてくれないこともあるので、浮遊層を取り込むというのは、その時々で非常に不安定な要素もあります。しかし、選挙に関心がなくても、これを機会に私にも関心を持っていただき、それが政治に参加する手段が多様であることを知ってもらえれば、私の戦略としては間違っていません。それと当選ラインは別物ですが、世を変えるために挑戦するということは、同じ事をしていてもと考えています。結果としては、選挙には勝たなくては意味がありません。そこに、私の頑固さゆえの失敗があるのですが、そこを乗り越える挑戦は続けたい気持ちがあります。ただ、選挙に落ちるという結果を目の当たりにし、いまは他人の指摘を必要とするとも感じています。
by owase874 | 2013-06-11 14:48 | コラム「温故知新」


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


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当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

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