はなし徹也の選挙戦を振り返る、その四

 もう一つ、私自身が選挙に落ちるのではと、感じた場面があります。

 それは、自分が住む北浦町で、最後の街宣をしたときです。予想以上に、全く盛り上がりがなく、一緒になって歩いてくれたスタッフたちにも、悪いことをした気になりました。なにがどうはないのですが、雰囲気でそう感じたのです。3期目という目新しさの無さや、私自身の認知度の無さが全てですが、あとでやめておけばよかったとさえ感じました。こういう自分自身の感覚は、うまくは表現できませんが、自分が決めていた選挙戦略から外れていたのかも知れません。

 今回の選挙戦では、私は500票を目標にしようと、スタッフには発言していました。500票からどれだけ積み上げるかで、余裕度が違ってくると、これまた感覚でしか無いのですが、これは間違っていませんでした。わずか14票ですが、これをクリアさせていればと、私もスタッフも後悔をしたはずです。そこに達せなかったのは、まさに私の選挙戦略の失敗で、もし同じ事やっても、次も選挙には勝てないでしょう。もともと地盤も看板もないのですが、3期目を目指した以上は、その土壌をつくっておくことも、私には足りないところでした。選挙戦に入ってから、その対策を考えていましたが、遅きに失することでした。

 やはり、田舎の選挙は、まだまだドブ板と呼ばれるローラー戦術が必須です。選挙とは、候補者自身にとっては、自分自身の理解をしてもらっての1票の積み上げを期待するものです。しかし、実際の投票行動は、推薦者から紹介を受けたことがキッカケであることが多く、本人をよく知らなくても、その間の友人の信頼から、私への1票に繋がることがほとんどではないかと感じます。私の選挙においても、スタッフが必至になってお願いをしてくれるので、これが多くの票を呼び込むことに繋がっているはずです。それを自分自身のモノにすることも、私の力量と手段ですが、ここにも私の敗因はあろうと感じています。

 とは言え、政治を目指す端くれとしては、自分の思いを通すことも、大事だと感じています。突き進むものがなく、人に振り回される政治家は、どこに自分本位があるのかわかりません。ここが当選とは表裏一体ですが、今回の落選でもサバサバしているのは、まさに自分の決めたことをやって負けたのであって、自分自身の力の無さが露呈しただけなのです。もちろん、スタッフには申しわけない気持ちしかありませんし、負託をいただいた支持者の皆さまにも、合わせる顔がありません。また、そういう後悔を余計にしてしまう票差もあります。やはり、選挙には勝たなければ意味がないのです。

 あと、今回の同日選挙では、一騎打ちとなった市長選挙も、市議会議員選挙には大きく影響したと感じています。私は、どちらの支持であるかハッキリとした態度を表明していませんでしたが、候補者のなかには、選挙前から名前が上がっていた方もいたし、選挙戦に入ってからは、そういう情報を伝えてくれる人もおりました。私は、首長と議員は一線を画すものだと考えているので、とくに態度を決めることはなかろうとの考えでした。しかし、言いようのない複雑な気持ちはありました。結果としては、挑戦者が僅差で敗れましたが、私と同様に若い世代の候補者が3人も落選したことは、特筆すべきだろうとも感じています。年齢層で言えば、今回の尾鷲市議会も尾鷲市長も若いほうだとは感じますが、もともと市議会で同じ釜の飯を食っていた3人の候補者が、ともに力を合わせずに4年間を過ごしたことは、若返りの土壌を築いてこなかった大きな無責任として、私は常に感じていました。ここにも、敗因があると感じています。

 結果が全てですので、これ以上の考察は、後悔や言い訳が並びそうなので辞めますが、私は落選しても政治家であると感じています。一方で、率先する市民として、市民活動を常にリードしてきた立場である私が、市民派として議席に残れなかった悔いは大きいです。現場主義とは、誰かの名句ですが、私自身も常に現場に携わっている身でもあるので、道半ばの落選は情けない限りです。市民活動をリードしてきた先輩方にも、合わせる顔がありません。ここを勝ち上がってこそと考えていたので、やはり勝てない選挙はしてはならぬのです。

 私には夢があると言ってきたのですが、その夢は絶たれたわけではありません。しかし、いまは立ち止まってしまいました。すぐに動かすべきか、いま一度立ち返るかは、この段階ではなんとも言えません。それには、多少なり時間も必要だと感じています。また、第3者や、スタッフの意見を求める場面もあるでしょう。

 落選の弁はこれにて終わりますが、本当に、両親をはじめ、スタッフにも申しわけない気持ちでいっぱいです。選挙は、候補者は意気揚々としていますが、周りを支えるスタッフは大変です。楽しくやると決めている選挙戦ですが、実際にそうなったかどうかはわかりません。しかし、それを目指してやってきたことは確かですし、落選はしましたが、それは自分自身の責任として反省します。

 議員活動も市民活動も、弱者に対して手を差し伸べることが、私のできることです。今回、議員の活動は小休止しますが、市民活動の火まで消してしまってはなりません。いまは、それだけは言えます。
by owase874 | 2013-06-11 19:55 | コラム「温故知新」


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


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当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

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