カテゴリ:コラム「温故知新」( 243 )

温故知新の発行

 私の政治的な発言を、年4回発行します。

 市民活動・ボランティア活動の視点のビラも発行していますが、両方を見れば私の活動がより理解できると感じています。
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 政治的な発言は、常に辛口になってしまいますが、そういう視点も大事だと考えています。もちろん、よい施策には市民としても協力し、悪い施策には声を出して意見を言います。政策提言と言う言葉がありますが、これは誰にでもできる政治への参加手段です。そのために、私は柔軟な政策集団をつくりたいと考えてもいます。これまでも、集団とまではいかなくとも、政策論議できる仲間が周りにいてます。これを、さらに多様な主体からの参画によって、政策提言できる集団にしたいとの思いを持っています。

 市民の政治参加は、もっと進んでいいと感じています。
by owase874 | 2014-04-12 07:59 | コラム「温故知新」

出馬表明をしないことへの弁明

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1月25日付の吉野熊野新聞


 「出馬表明をしないのですか?」

と、ある方に尋ねられました。この記事のことが頭にあったらしく、確かに記事にもその意向が書かれていますし、私の考えにもありました。もちろん、出馬の表明をしなくても、必要書類さえ整っていれば、選挙には出られます。ただし、今回の熊野市議会選挙では、新人候補予定者と言われる方のうち、私だけが表明をしていないのも事実です。

 私の場合は、組織力も支援先も細々とですので、選対責任者も後援会関係者もいない状況です。そのことについて心配をしてくれる人たちもいますが、私の目指す選挙は、渦のように人が集まってくることを理想としていて、私の信念や熱意に引き寄せられることを望んでいます。その魅力が私になければ、単なる自己満足でしかないし、私にとっては、負託を受ける意味合いが変わってきます。だからこそ、地にしっかりと足をつけるために、地盤培養行為に及んだり、そのために実家の両親や友人知人に苦労をしてもらっています。

■なぜ、熊野市議会議員を目指すことになったのか?
 http://owase.exblog.jp/21609183/

 そこで、この記事のおかげもあって、私の気持ちは一定量広まったと感じたこともあり、また、思うところもあって出馬表明はしないことにしました。個別には、その思うところを聞かれればお話していますが、ここで書くまでのことでもありません。私は、出馬表明はしませんが、その意向はこの記事にも書かれた通りです。自分自身では、不退転の決意といったところです。そして、やはり政治の世界に身をおき、使命感をもって責任ある発言をしたいのです。

 そして、私の熱意に動かざる得なかった両親や友人知人には、この地域の現状を目の当たりにすることになって、初めて申しわけないとも感じています。丁か半かの世界ではないはずなのに、地域住民が踏み絵を踏まされ、闘うべき相手が有権者であるのに(理解を得るという意味での闘いですが)、志を同じにする者を蔑んだり、貶めたりする行為なども、どこかでだれかが受けて立たねばなりません。「未来を変えていく」って、そういうことなんだと感じてもいます。ときとして、不毛でもありますけどね。

 人のために、地域のために政治をするのは当たり前ですが、大前提として、自分自身のためになにをすべきかがなければ、それは絵に描いた餅、空虚でしかありません。その点、私は、いい仲間に恵まれていると感謝しています。もっと、もっと、拡がっていけばと考えていますし、そのための魅力を磨いていきます。
by owase874 | 2014-04-11 00:42 | コラム「温故知新」

未来874の事務室について

 未来874事務室をお見知り置きください。

 今後、いくつかの政治的な展開をしていく予定です。また、そのための仲間も募集していきます。この仲間については、政策論議できる仲間です。敷居は低いですが、なーなーの友だち程度ではありません。言うなれば、同士といったところです。落ち着いて方向性が決まれば、また公表します。
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未来874事務室はここ


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最寄りのバス停


 とりあえず、事務所はこの場所になります。飛鳥町佐渡462番地です。最寄りのバス停は千軒平(せんげんだいら)です。駐車場は、庭先に詰めて3-4台停められます。いまは、熊野市議会選挙が近いこともあって、この月曜日からスタッフが出入りしています(正式な仲間ではありません。まだ説明もしていません…)。夜の静けさが戻れば、父娘2人が生活をしている場所でもあります。

 当面の事務所の開設時間は、9時~18時ごろまでです。カンパ式のセルフカフェを楽しめるようにしています。事務スタッフを1名雇用しているので、閉館以外は対応してもらえます。また、私自身が在住していることも、近場であれば、戻ってくることも可能です。お気軽にお訪ねください。

 私は、若いといっても40代になっています。いまから、次の世代に橋渡しをしていきたいと考えています。私の考えは、頑固な面も多いですが、正論でもあります。この地域の未来について議論をし合い、なにをすべきかを考えていかなければ、後手後手でしぼんでいくのを見過ごすわけにはいきません。反面教師でも、賛同でもいいので、私よりも若い世代に託せるものをつくっていきたいと考えています。

 未来874事務室は、そんな政策集団を目指しています。

 今日は、ここまで。
by owase874 | 2014-04-10 02:08 | コラム「温故知新」

ようやく関係書類を提出する~選挙の費用について~

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9日付の地元紙


 9日に掲載された地元紙ですが、この時点では、立候補のための必要書類を準備できていませんでした。もちろん、出馬する意向は固めているので、単に私の事務処理が遅いだけですが、9日の午前中には、無事に事前審査をし終えました。審査を終えると、書類の封筒を厳封するので、これを告示日に提出することで、スムーズに受付されることになります。

 この事前審査とは、13日の告示日に審査を受けていては、選挙運動がその分だけ遅れてしまうので、必要書類を事前に準備し、選管に目を通してお墨付きをもらいます。また、この必要書類というのも、実にさまざまあって、契約を交わす必要や、供託金を納める必要もあるので、私のように選対がないに等しい者にとっては、ひとりでやり切るしかありません。

 ところで、主な書類についてですが、簡単な用語で説明すると…

・出馬するための意思確認
・戸籍謄本、または抄本
・出納責任者の届け出
・供託金を納めた証明書(市議会選挙は30万円)
・通称名の登録
・選挙公報
・事務員、車上運動員(ウグイスなど)の事前登録
・選挙カーの賃貸契約
・選挙カーの運転手との契約
・選挙カーの燃料契約
・選挙ポスターの印刷契約

以上が、事前審査の対象となります。この他にも、期間中に提出すべき書類には、選挙ハガキに必要な書類や、新聞広告に必要な書類、立会人の登録、個別演説会の登録などがあります。選対をつくるということは、こういった事務手続きをやってもらうためでもあるのですが、とても私の選対では対応しきれないので、私自身が出納責任者になり、書類もすべて自分自身で仕上げます。もちろん、スタッフ不足が原因ですが、これを自分ですることで、経費削減や公費負担を考えるきっかけにもなると考えています。

 ここで、公費負担についてですが、市議会選挙の場合は、

・選挙カーの賃貸料(7日分、1日最高15,300円)
・選挙カーの運転手の人件費(7日分、1日最高12,500円)
・選挙カーの燃料代(7日分、1リットル最高約185円、1日の上限7,000円ちょっと)
・選挙ポスターの印刷代(201枚分、1枚2,000円ちょっと)
・選挙ハガキの郵送代(2,000枚まで)

以上が、すべての候補者に行政負担で賄われます。いわゆる税金ですが、そのために、供託金30万円を納めるのです。もちろん、最低限の得票ができなければ、この30万円は没収されることになります。当選したり、落選しても得票数が一定量あれば、後日返還されます。

 私の場合、選挙カーの賃貸料は1日12,960円(税込み)、運転手の人件費は1日10,000円、選挙ポスターの印刷は1枚500円ちょっとで契約しています。限度額いっぱいにしないのは、少しでも経費負担の軽減を考えているからですが、仮にスタッフを”雇用”することを想定して計算しています。また、選挙スタッフとなる車上運動員や労務者については、1日一律3,000円の報酬を支払うことにしています。さらに、事務員については、時給800円、1日最高8時間の計算で契約しています。

 もちろん、限度額いっぱいでも正当性はありますし、経費をかけないのであれば、無償のボランティアとしてスタッフを賄うことも可能です。しかし、私の場合は、有償ボランティア価格ではありますが、最低限ですが対価を支払うことにしています。このあたりは、候補予定者や選対の考えによることが大きいはずです。また、茶菓料や飲食代についても、経費を計算しやすい弁当制にして、規定の茶菓を準備することにしています。

 そこで、ざくっとですが、この費用で試算してみると…

・選挙カー賃貸料 7日☓12,960円=90,720円 ※
・選挙カー運転手代 7日☓10,000円=70,000円 ※
・選挙カーの燃料代 7日☓7,000円=49,000円 ※
・選挙ポスターの印刷代 201枚☓500円=100,500円 ※
・選挙ハガキの印刷代 2,000枚☓10円=20,000円
・選挙ハガキの郵送料 2,000枚☓51円=102,000円 ※
・事務員の報酬 7日☓8時間☓800円=44,800円
・車上運動員の報酬 7日☓2人☓3,000円=42,000円
・労務者の報酬 7日☓4.5人☓3,000円=94,500円
・弁当代 7日☓2食☓10人☓600円=84,000円
・茶菓料 7日☓12人☓200円=16,800円
・供託金 300,000円

となり、総額1,014,320円となります。このうち、公費負担は412,220円になります。よって、自己負担は602,100円になります。また、供託金が返還されると、最終的な自己負担は302,100円となります。できれば、公費負担を約30万円に抑えるために、経費削減を図りたいと考えるのですが、相手のあることですので、無理は言えません。ただし、たとえば燃料代は上限いっぱいまで使うことはありませんので、あくまで試算です。

 とくに意識する意味はないのかも知れませんが、供託金の30万円を基本に、自己資金30万円、公費負担30万円が私の理想とする形です。しかし、これでは最低得票数を上回った場合の返還で、自己負担が0円となり、公費負担だけになります。現実的には、自己資金を60万円に設定しているので、供託金が変換されれば30万円の自己負担となり、公費負担を30万円としたい、私なりの根拠が説明できます。

 公費負担については、税金の無駄使いなどとの批判も大きいのですが、地元紙に目を通しながら、選挙費用の試算をしていたところです。参考までに記録しておくのは、身近に選挙について知ってもらいたいと考えるからです。なお、当たり前ですが、公職選挙法に従って進められるので、その範ちゅうを越えることはありません。

 なお、面接ありですが、選対スタッフも募集しています。
by owase874 | 2014-04-10 01:44 | コラム「温故知新」

市民活動との両輪について

 私に対して多い質問が、「端無がやっている市民活動ってなに?」です。

 ボランティアも市民活動ですし、議員としての活動も、大義では市民活動とも言えるでしょう。しかし、私が携わっているところの市民活動は、”困っている、弱っている人に手を差し伸べる”ことが圧倒的に多いです。または、”あったらいいな、できたらいいな”を直接支援したり、橋渡しをしたりすることです。また、自身でやることもありますが、おおよそお金にはならないことでもあるので、この質問の根底には、「なにをやって食べているの?(生活をしているの?)」だと感じています。
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 参考にして欲しいと作成したのが、この率先市民vol.1です。

 3月、6月、9月、12月の発行を目標にしていますが、市民活動をやっている端無徹也の紹介を兼ねたテキストになります。これに、政治活動をやっている端無徹也のテキストも作成する予定です(現在、作成中です)。僕は常日頃より、「市民活動と政治活動は両輪」と訴えているひとりですが、市民活動の延長線上には、政治活動があるとも感じています。日常的な市民活動により、自治体などへの政策提言が出てくるものなので、これが政治活動に繋がると言う理屈です。

 なので、僕は尾鷲市議時代でも、災害があれば隣町の熊野市でも、もちろん遠方の地方自治体にでも、災害ボランティアとして駆けつけています。僕や、僕が関わっている組織(一般社団法人熊野レストレーション)にしかできないことがあるからで、東日本大震災を後方支援したのも、僕の団体(任意団体東紀州コミュニティデザイン)だからこそできることがあるからです。

 短絡的には、「尾鷲市の税金を貰っているくせに」とお叱りも受けていましたが、こういった場合では、救援や支援に行くことで、現地の状況を詳しく把握できたり、それを持ち帰って、当時で言えば尾鷲市の防災や減災に反映(還元)できたりしました。また、災害地や被災地からは、「次に何かあれば、今度はこっちが駆けつけるから」と言ってもらえたり、そういったことがきっかけで、その後の交流や関係ができたりもしています。それは、結果的には、僕や僕が住まう自治体にかえってくることになります。

 もちろん、これらの活動は、自己資金と寄付と支援金で賄われているので、どこからが給与や報酬が出ているわけではありません。公的機関からの支援も受けていないので、すべては自前で確保しています。これに限らず、私が現在携わっている市民活動では、一部で交通費などの費用は出ていることはあっても(NPO法人みえNPOネットワークセンター)、固定給などの雇用形態ではありません。ほとんどが自己資金と言う名の貯蓄の切り崩しになります。また、その蓄えは、これまでの教員生活や尾鷲市議時代の報酬が財源となっています。

 賛否両論あるでしょうし、私自身も、このやり方がベストだとも感じていません。どちらかと言うと、こういったやり方では継続には支障もでるし、本末転倒だと考えています。しかし、いまはこうするよりほかなく、だからこそ、より多くの共感を得ることで、寄付や支援金に繋げていかねばと考えています。これまでの活動で、少ないながらも結果はでているので、あとは地域に支えられる仕組みをシステム化できるかだとも考えています。

 なので、ハッキリ言って、飯が食える活動ではありませんが、それが僕に与えられた使命感ではないでしょうか。苦労のほうが多いけれど、私以上に苦悩している人たちがいるからこそ、自分自身ができることをやっているまでのことになります。そこに、多くの賛同者や仲間が集まれば、もっと明確になることもあろうかと感じています。

 そのためには、率先市民であることが重要なのです。
by owase874 | 2014-04-07 03:27 | コラム「温故知新」

今月は、平成25年度自殺対策強化月間です。

 今月は、自殺対策強化月間になります。
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 決して、ネガティブな話題提供ではありません。多くの方に知ってもらうことで、自殺が身近で深刻だということに、気づいて欲しいと願うのです。そして、自分にできることを考えてもらい、できる範囲でゲートキーパーになってもらいたいと考えています。

■平成25年度自殺対策強化月間特設ページ - 内閣府
 http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/index.html

 三重県では、昨年だけで408名の方が自殺と確定されました。平成24年よりも24名増加しています。年率換算した自殺死亡率は、三重県は全国平均を超えている状況です。とくに、東紀州地域での高止まりが指摘されており、この地域が自殺者の多い地域として、目を背けてはいけないと感じています。手元にあるパンフレットにも、尾鷲地域(尾鷲市・紀北町)での自殺死亡率が最も高いとあります(35%前後)。しかも、次に高いのが、熊野地域(熊野市・南牟婁郡)になります(30%前後)。

 また、平成25年3月に、三重県健康福祉部医療対策局健康づくり課が作成した、平成24年度三重県における自殺の実態分析に関する報告書をみると、三重県における自殺の課題が次のようにあげられています。

(1)自殺の現状からみえる課題
・課題1.平成10(1998)年以降の自殺者数が高止まり
 三重県の自殺者数の推移をみると、平成10(1998)年の急増以降、毎年400人前後で高止まっている。

・課題2.中高年層の男性の自殺者数が多い
 三重県の自殺者数を性別にみると、全国同様、約7割を男性が占め、特に30~59歳の中高年層で多い。また、三重県の男性の年齢調整自殺死亡率をみると、近年では全国よりも高く推移している。

・課題3.若年層及び中高年層における自殺の死因順位が高い
 三重県の自殺の死因順位を年齢階級別にみると、15~54歳において、自殺は死因の第1位または第2位となっている。特に 20~34歳の各年齢階級では、自殺が死因の第1位となっており、年齢階級別死亡率も増加傾向を示している。

・課題4.自殺の原因・動機として健康問題の割合が多い
 三重県の自殺の原因・動機をみると、全国と比べて健康問題が多くを占めている。健康問題には、身体の病気の他、うつ病や統合失調症、アルコール依存症などが含まれる。

(2)地域間比較からみえる課題
・課題5.都市部の市町における自殺者数が多い
 三重県の自殺者数は、四日市市、松阪市、伊勢市などの都市部の市町で多い。

・課題6.三重県南部で自殺死亡率が高い
 三重県の自殺死亡率は、尾鷲および熊野保健所管轄地域で高い。

 これだけ見ても、特定の人が自殺をしてしまうのではなく、悩みや心配を抱えている人が、いかに身近であるのかがわかるはずです。私も、自殺寸前とまではいかなくとも、この手の相談を受けることがあるのですが、些細なことと流してしまうことが、当事者にとっては深刻であることを、うかがい知ることがあります。手前味噌ですが、ゲートキーパー養成DVDやテキストを見て、自分がしてきた相談対応にハッとすることもありました。

 私が、わりと定期的にこの件について記載するのは、名ばかりなのですが、自身が薬物乱用防止指導員であることも影響しています。しかし、それ以上に、過去に自殺者を身近に見てしまったことも大きく影響しています。なんとも言えない虚しさと恐ろしさ、そしてなにもできなかった自身への不甲斐なさが、自殺に対する関心と対策の必要性を考えるきっかけとなっています。自殺してしまうまでに、立ち止まって考える拠り所が、この地域にも多様にあったほうがいいと強く感じる要因となっています。

 生きている意味は、ちゃんとあるものです。

 それがわかると、生かされている感謝と喜びがあるものです。
by owase874 | 2014-03-14 01:11 | コラム「温故知新」

熊野市は、相次いだ災害から復興が完了しているのか?

 飛鳥町に住むようになって、中山間地域で暮らす人たちとの会話が増えています。そして、どこに行っても感じるのが、2011年9月の台風12号と、昨年の台風18号の被害を大きく受けている地域が多いことです。災害復旧に入っているところが大半ですが、まだまだ復興する兆しは遠く先だと感じます。

 さらに、そこに住まう人たちとの会話の中では、決まってこの言葉を耳にします。

 「熊野市がやっている(高速開通!熊野)1億円キャンペーンって効果があるのか?」、「そんな費用があるなら、なぜに(災害)復興や生活支援に使わないのか?」、「山間部は見捨てられているのやろか?」…

 この件についての是非は、すでに熊野市議会においても議論が尽くされた上での予算計上と執行でしょうから、いまさら兎や角は言えません。しかし、熊野市が大型観光で売りだそうとしているとしたら、それは大きな痛手を被ることになるのではないでしょうか?また、地域資源のPRに務めたいのか、何でもありのバラマキ的支援なのかもわかりませんが、やはりちょっと大盤振る舞い的に、あとに残らないことをやっているようにも感じます。また、一過性で終わるようなイベント的要素は、このご時世では時代遅れのようにも感じます。

 なによりも、困っている人たちや、弱っている地域が蔑ろになっているからこそ、このようなことを耳にするのだとも感じます。だからこそ、1億円キャンペーンが槍玉に上がる結果となっているのでしょう。

 熊野市の人口は、加速的に2万人を割り込み、海岸部や山間部では、小規模な限界集落が点在しています。そのどれもが、廃村の危機を抱えていると言っても言い過ぎではありません。今後の10年、30年で、どれだけの地区が残っているのかなんてことは、統計学的に見ても明らかでしょう。
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 この状況のなかで、災害が起こるたびに、地区や地域の疲弊も増しています。荒れた里山や山林、田畑の荒廃、1次産業の野放し的衰退…歯を食いしばって営みをしている人たちよりも、外から来る人に目を向けているのだとしたら、やはり本末転倒ではないかと考えてしまいます。まずは、自治体を形成する住まう人たちが、主役ではないでしょうか?

 いろんなことを皆さんに教えていただき、また自身でも考えながら、僕にできることはないか、僕たちにやれることはあるだろうかと、そんな日々を過ごしています。それは、どこにいても同じ思考で、真剣にこの地域のことを考えるタイムリミットが来ているのだと感じています。
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 それこそ、南海トラフの巨大地震と津波が来れば、県南の光速的衰退は必至です。それを極限的に最小限に留めるには、住民力を向上させるしかありません。そこに、行政の打つべき矢が見えているはずです。住民が”市民”になった自治体は、鬼に金棒のまちになるはずだと考えています。
by owase874 | 2014-03-14 00:12 | コラム「温故知新」

平成23年度三重県の市町民経済計算

 今月24日に公表された、平成23年度三重県の市町民経済計算を読み解いています。

■三重の統計 みえDataBox/平成23年度三重県の市町民経済計算
http://www.pref.mie.lg.jp/DATABOX/keizai/kenmin/shichomin/shichomin.htm

 県内各地域との比較をすると、単純にですが、東紀州地域は、建設業の総生産額が突出して大きく占めており、続いて政府サービス、サービス業と続きます。これは、製造業が第1位に来ている他地域と比較しても、「建設業で、東紀州地域は経済が回っている」結論であり、かといって、 東紀州地域の一人当たり市町民所得は、一人当たり県民所得よりも約800万円近く下回っています。働けど働けど、東紀州地域は低所得者層が多くを占めている結果でもあります。
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東紀州地域内総生産の動き


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東紀州地域の所得(分配)の動き


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グラフの見方


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東紀州地域


 また、下記の表からも、全体を占める割合が少ないとはいえ、第1次産業が県内1位を占めていることからも、重要視する施策がどこにあるのかが容易に想像できます。とくに、森林面積が大きい東紀州地域は、すでに拡がっている山林こそが、隠れた資源であることは言うまでもありません。また、漁業に関しても、ちょっと無理のある理論ですが、200海里を考えたとき、東紀州地域の沿岸部からの200海里には、豊富な漁場と資源が眠っています。
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産業別構造


 ただし、どの地域も、第3次産業が突出して大きく占めており、その産業のなかで、なにが大きく占めているかを想像すると、やはりため息もでてしまいます。しかし、農商工連携や、第6次産業などの言葉があるように、多面的な思考回路で施策に取り組むことができれば、東紀州地域にも活路はあるように見えてなりません。

 まさか、これらのデータを統計学的にも紐解いても、この地域を大型観光で売りだそうっては、ならないですよね?
by owase874 | 2014-02-26 00:04 | コラム「温故知新」

なぜ、熊野市議会議員を目指すことになったのか?

※地元紙のヨシクマ新聞に、大きな見出しとともに記事が掲載されました。ごく最近、SNSサイトに、私の思いというか、いまの決意を掲載したところ、記者の目の止まったようです。正式な出馬表明など、そこまでの段取りも準備もできていませんが、きちんとできるようになった段階がくればと考えていました。しかし、記事が出たのは、ヨシクマ新聞の取材力によるものですし、記事の内容に偽りも差異もありません。そこで、あの記事を補足する形で、SNSに掲載した全文をここでもお知らせします。あらためて、準備ができれば、正式に表明することにします。

 熊野市に戻っても、キタガワノホトリ(東紀州市民活動支援センター)がある尾鷲市には通っています。また、娘が3月末まで尾鷲市内の保育園へ通うことにしたので、送り迎えもしなくてはなりません。今回、最終的に思い悩んだことは、娘の将来であり、保育園をここで全うさせるのか、早いうちに転園させるのか、でした。結果的には、3月末での転園となり、娘にも説明をしました。本人は、まだ理解はできていないようですが、周りには「ひっこしするん」と言っているようです。その本当の引っ越しも、急ぎ荷物をまとめたり、実家に居候している部屋の居場所を広げたりしています。何もかもが、後手後手のようですし、僕らしいといえばそれまでです。

 しかし、僕にとっての賽は投げられているので、実家の父親を伴いながら、地元の主要な方へのあいさつ回りを重ねたり、これからすべきことを共有したりしています。一番の懸念であった、同じ地区から選出されている先輩議員のところにも、父親を伴って挨拶に行ってきました。非常にバツの悪い話ですが、仁義を通すことはなによりも大事ですし、だからといって、自分自身の気持ちは前に向かっているので、その日がくればライバルとなります。これは、尾鷲市で市議会議員であった頃とは違う感覚ですので、地元選出の先輩議員の話を聞いて、闘志といっていいのかわかりませんが、ふつふつと燃え上がるものが沸き起こりました。この戦いには、まずは負けるわけにはいかないのです。

 では、なぜそうまでしてそこを目指すのか?

 僕は、東紀州地域はひとつであるが持論です。なににおいても、それぞれの自治体の枠はあったとしても、三重県で括れば東紀州ですし、もっと高いところから見れば、三重県南部か紀伊半島南部という位置づけです。日常生活する環境に大差はなく、同じような課題や問題も抱えています。解決するには、自治体の枠内でしかできないこともあるでしょうが、もっと広い視野から、この地域の将来や未来を考えることが必要だと感じています。多様な文化や伝統、慣習が脈々と受け継がれている地域であっても、抱える課題に共通することが多いので、東紀州は一体となる必要があるはずです。

 その点で言えば、僕は熊野市の出身でありながら、尾鷲市に移住し、尾鷲市で市議会議員を目指しました。僕としては、どの地域に住んでいても、故郷は熊野市飛鳥町に変わりないし、この地域のどこにいても、人に寄り添う活動には境目がないと考えていました。前回にも書きましたが、ここに、市議会議員と率先する市民としてのギャップを感じることもあったのですが、世界遺産登録10週年を迎えようとしているこの地域は、伊勢路が1本の道で繋がっているように、その道沿いを軸として暮らす住民も、寄り添って生きていかねばならないのです。そこに、自治体の境目を押し付けたとしても、人は自由に道を通って交流するのです。

 しかし、僕の不甲斐なさで、尾鷲市での議員生活に終止符を打つことになりましたが、この点に後悔はありません。好きなように選挙戦をやらせていただき、その結果は甘んじて受けるしかありません。いまでも、僕に声をかけてくれたり、次回への期待を言葉にしてくれる尾鷲市内の人たちには、裏切るような気持ちがあることも確かです。しかし、僕の進むべき道は、どこにいても、東紀州はひとつという考えであり、この地域の人たちにとって大事なことを、自分の考えと信念でもって、次は熊野市にぶつけていきたいと考えています。そのときに、やはり議員という立場でいることは、僕にとっては大事なことであるのです。

 そして、熊野市に戻ってまで目指すことになったのは、2011年の紀伊半島大水害が大きく影響しています。あのとき、僕は災害発生前から全国に情報発信し、被災してからも、いち早く実家の飛鳥町に赴いて、近隣の被災状況をレポートしました。自分が生まれ育ったまちが被災したのを目の当たりにして、僕にはもっとできることがあるのだと、もっとやらねばならぬことがあるのだと、強く確信しました。折しも、東日本大震災が発生したあとで、こちらの支援を主にしていた時期でしたが、我が故郷をほっておくことなんてできるはずがありませんでした。すぐに気持ちを切り替えて、全国の仲間にも呼びかけて、できることを淡々とこなしたつもりです。

 このときは、熊野市の飛鳥町を皮切りに、大又川沿いの五郷町や、災害ボランティアの手が薄かった井戸町の大馬地区や大馬神社などに、延べ24日間で約230名を超える災害ボランティアを派遣しました。大きく被災した大馬神社には、関西方面の大学生を中心にした学生ボランティア団体のIVUSAも、大勢でもって駆けつけてくれました。人の生活に密着した場所や、思い入れのある場所をいちはやくキレイにすることが、住んでいる人たちの勇気となり、明るさを取り戻す最短距離であることを、これまでの活動で体得していたからです。また、年が明けた2012年には、漂着ゴミがそのままだった熊野市の大泊海水浴場の清掃活動で、延べ7日間、約800名のボランティアに駆けつけてもらいました。このときも、大勢のIVUSAの学生ボランティアたちが、清掃の中心を担ってくれました。よそ者が、熊野市のために汗を流してくれたのです。また、メディアで惨状を訴え続けていた紀和町の小船地区にも、その後の支援を継続する形で、梅まつりや梅の収穫に、いまでも手伝いに行かせてもらっています。

 大事なことは、人に寄り添うことであり、使命感をもって、困っている人や地域に手を差し伸べることです。それを、自治体の枠で抑制することはできないし、当時の僕が尾鷲市議会議員であったのは肩書のことだけで、この地域に住んでいる以上、どこにでも飛んでいけることが、僕にとっては普通のことなのです。もちろん、この地域で大きく被災したことは、それまで住んでいた尾鷲市にも教訓になることは明らかでしたし、そのときの活動で感じたことを、当時の施策に反映するようにも声をあげました。しかし、思うように受け入れられなかったのも事実ですし、僕がギャップを感じたのもこのときでした。まだまだ、東紀州がひとつであるという実感や実践が、この地域全体で進んでいないこともあるのです。それもあって、このときの災害で、故郷への回帰が起こったのは確かです。また、その迷いが、尾鷲市での結果を招いたと考えることもありました。

 率先する市民としては、東紀州のどこにいても、思いや考えは同じです。しかし、熊野市に戻り、4月に目指すからには、自分の故郷を拠点にして、中山間地域のいまある姿が本当にこのままでいいのかを考え、東紀州全体に影響を与えるような発言や実践ができればと強く感じています。尾鷲市議会議員としてやってきたことは、必ず僕の糧になっているので、さらに飛躍したいと考えています。災害を止めることはできませんが、被災を極力小さくすることは不可能ではないので、実践しながら施策に反映させることができればと感じています。政策提言をしていくことが、これからの率先する市民には必要不可欠です。その代表のひとりとして、東紀州地域における市民活動のあり方を考えながら、政治家としての活動もしたいと考えています。

 結果的に、選挙を渡り歩くことへの批判は甘んじて受けます。まだ1年も経っていません。しかし、2011年の災害を契機に、僕は故郷のあるべき姿を模索するようになりました。また、このときの経験が、この地域で必ず教訓となることも確信しました。だからこそ、尾鷲市で踏ん張る気持ちで3期目を目指したのです。もちろん、どこにいても、東紀州はひとつであるという持論をもとにです。ただし、選挙に破れてからの半年で、自分を見つめなおし、原点に帰りたいという気持ちにもなりました。この気持ちは、尾鷲市にいたからこそ、体得できたものだと感じています。次は、負けるわけにはいきません。僕がこれまでやってきたことは、歩いてきた道として、細いながらも轍が残っています。次に、この轍を通ってくる人たちの道標となるよう、あるいは基礎となるように、僕は信念を変えることなく、東紀州のあるべき姿を、熊野市を通じて実践していきたいと考えています。

 絶対的に、東紀州はひとつです。


※これに伴い、後援会活動への賛同者、参加者を募集する段取りをしています。熊野市内の在住者のみならず、これまで同様に、県外者も歓迎します。私の指南役、アドバイザーとして、末永く支えていただければ幸甚です。また、4月になって軌道にのれば、選挙活動なども入ってくるので、できる範囲でのサポートをよろしくお願いします。選対などない状態ですので、なにかもが手探り、手づくりになります。皆さまのお力とご支援が必要です。
by owase874 | 2014-01-25 02:34 | コラム「温故知新」

数字に惑わされていないか?

 三重県が発表した、平成26年お正月期間中の県内主要施設の観光入込客数についてです。

■平成26年お正月期間中の県内主要施設の観光入込客数について
 http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/2014010017.htm

 ネットニュースなどでも、県内主要施設の状況を報道していますが、ここで気になることがありました。道の駅の紀伊長島マンボウが、唯一前年度の入り込み数を減少し、高速道路の影響を受けたとありました。
e0105019_200928.jpg


 三重県知事にとっても、ご満悦な数字が出たということですが、報道によって、マンボウがそこまで言われることはないと感じますよね。だって、東紀州地域の調査施設では、断トツの三が日11,236人を達成しています。数字が伸びたと言われた三重県立熊野古道センターは、1,557人どまりです。熊野市のお綱茶屋にしても、7,300人となっています。数字の単純比較では、マンボウの誘客力はもの凄いと言うことです。
e0105019_2004594.jpg


 しかし、対前年比3,056人の減となれば、高速道路の影響は否めないでしょうし、反対に、県立熊野古道センターについては、高速道路の延伸が増加につながったとまで言っていいのかの判断がつきません。なにせ、対前年比373人です…これは、お綱茶屋の800人の増でも言えることです。もう少しデータが欲しいところですが、2回の調査データで、あたかも結論付けるような結果を出すこともないでしょう。

 そんな数字のマジックに惑わされるよりは、公表不可の7施設ってのも気になります。と言うか、三重県が調査したということですから、この7施設にもそれなりの県予算が使われたはずです。それで非公開と言うのは、県民の知る権利を蔑ろにしていないかと考えてしまいます。公表した10施設の姿勢には評価できますが、なぜ非公開なのかを公開する必要性があると感じますね。このあたり、県議会議員の追求を待ちたいところです。おそらくは、情報公開請求で知ることはできるかも知れません。

 大事なことは、入り込み客の増減から予測したり、今後の検討をしたりすることですが、三重県の調査に公開不可があることも、私にとっては気になったところです。実際には、世間に公開されずとも、内部公開はされているでしょうから、その傾向から今後を検討していることと感じます。しかし、そこを公開するのが透明性ですよね。

 それにしても、道の駅紀伊長島マンボウって、県南の道の駅のなかでも突出しているのではないでしょうか?高速道路の延伸がもたらす功罪ってあると感じますが、魅力があれば人は寄り付くものです。今後、県南の高速道路はさらに延伸し、尾鷲においても、キタとミナミが繋がる日も近いでしょう。いまは熊野市の大泊までですが、さらに和歌山県側まで伸びることになったとき、この地域のすべきことは、いまから考えていくことだと痛感しています。

 余談ですが、数字をみると、ついつい追跡したくなりますね。
by owase874 | 2014-01-10 20:27 | コラム「温故知新」


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

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ご挨拶とブログの概要

当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

ときには辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。

質問や批評など、ご意見がございましたら、下記宛にお願いします。何かしらの方法で、きちんと対応させていただきます。ただし、ブログのコメントには、できる限り返答をいたしますが、端無自身の裁量になることをお許し下さい。

◆ブログ管理者
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 熊野市飛鳥町佐渡462番地
 0597-84-1033
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なお、たくさんの意見や考えをお聞かせ願いたいので、直接にお会いすることも可能です。日程調整などしますので、その旨をお伝え下さい。

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