カテゴリ:教育とまちづくり( 24 )

地域における子どもの必要性を考える

 台風8号、自分の周りでは、大きな被害はないようです。どうでしたか?
e0105019_9474312.jpg


 さて、私が住んでいる学校区の飛鳥小学校と飛鳥中学校から、毎号このような学校通信を届けてもらっています。学校の様子がよくわかり、私自身も、公私ともになにかあれば連携、協力することを申し出ています。

 そのなかで、7月号の飛鳥小学校の記載で気になっていたことが掲載されていました。とくに、学校の落ち度とかでは全くないのですが、保護者の方からも相談を受けていたことです。内容は、「市の放課後学習プラン・夏休み学習プランが変更になりました。そのため、学校では行えませんが、文化交流センターか市民会館の方で、夏休みサポートプランとして実施されます。そちらに申し込んでください」です。

 このときの相談内容は、「これまで、飛鳥小学校で実施されていた夏休み学習プランが、今年から無くなると聞いた。行きたい方は、(アナウンスにもあるように)市街までいかないといけない。ずっと(そういう仕組が)あるもんだと思っていたのに、どうしてなんだろう?」でした。

 たしかに、これまで3年間ほど実施されてきたそうですが、それが突然なくなるのは、行政の都合だけであって、保護者をはじめとする地域の都合が加味されていません。この相談を受け、市教委としては、送迎バスを20回ほど出すとの妥協案を提示したそうですが、時期が遅すぎた気がしています。ただし、妥協案としては、内情を知った私としては最大の譲歩だとも感じています。

 そもそも、この学習プランは、放課後2時間の学習と、夏休み20日間の学習の2つがあって、熊野市独自の事業ではありません。予算化するにあたり、県からの補助額が決まっているので、指定校を選択する必要があります。なので、これまで飛鳥小学校で実施されていたのに対して、実施されていなかった小学校があったということになります。その枠が5校となっており、今年度、飛鳥小学校は手を挙げなかったか、漏れたということになります。その代わりに、ほかの小学校には事業予算がついたということになります。

 そのあたりのことは、市教委委員会の議事録からは確認できませんでしたが、今年1月の議事録からは、あまり関心ごととして議論されていないようにも見て取れました。私は、前任地でも口酸っぱく言ってきたのですが、教育委員会委員は充て職ではなく、自治体教育の根幹を支える、あるいは指南する砦であり、市長の諮問機関になるとは言え、予算や事業に対しては、市長とせめぎ合わなければと考えています。また、私も含めた議員に対しても、教育と政治の一線を引き、完全独立した機関でなければと訴えてきました。そのために、それ相応の報酬や権限を与えるべきだとも考えています。しかし、体たらくっぷりがあるのだとすれば、それは襟を正すように苦言を呈するのは役目だとも感じています(いまの市教委がそうとかではないですが)。

 いずれにせよ、飛鳥小学校での実施がなくなり、子どもが送迎バスに乗って佐田坂を上り下りすることになってしまいました。親元が飛鳥町にいることもあり、子どもを市街にあずけるのは、飛鳥小学校にあずけるのとは気持ちの面でも不安が募ることと想像できます。しかし、今年については改善のしようがないのは、私にも理解できます。来年、どうするのかを、保護者をはじめ、学校としても、市教委としても相談し合うことがなによりも大事だと感じています。私は、そういったことを蔑ろにするつもりはありませんが、まずは当事者が改善策を見つけることで、そこに議員も必要であれば、私も喜んで参画します。

 それにしても、5校で180万円弱の事業なのですが、いくら予算や事業がスライドするわけではないとはいえ、熊野古道世界遺産登録10周年記念事業には、23事業、 1億3457万円が予算化されています。1校平均36万円として、熊野市内9校の小学校全てに事業予算化しても、144万円の増額で対応できることになります。これらの予算化は、私が議員になる前のことですが、こういったところに、議員の目があっていいのかも知れません。参考までに、当初予算の内訳も紹介しておきます。

■平成26年1月熊野市教育委員会会議録
 http://www.city.kumano.mie.jp/kurasi/kyouikuiinkai/kaigiroku/26-3kaigiroku.pdf

・抜粋
(委 員)評価報告書の中に放課後等学習プラン事業というのがあり、これは夏休みもありますよね。量としては、増えているのでしょうか。そういうバランスなども少し気になります。こちらは、自由参加ですが土曜授業となれば、扱いはどうなりますか。
(事務局)教育課程上の位置づけがあり、出欠も取ります。
(委員長)何のためにするかということを、保護者に周知することが必要でしょうし、現場との話もきちんと行わないといけないですね。せっかく土曜授業を行っても、内容がしっかりしていないと、ただ遊びにきた感じになってしまう可能性もあります。
(事務局)12月26日の市町等教育長会では、保護者向けパンフレットや目的などを記載したチラシのようなものを作成してほしいとのいう要望が県にあり、今後、県から保護者向けのチラシなどが示されると思います。

(委 員)放課後等学習プラン、夏休みの学習プランを実施している市内6学校というのは、周辺部の学校ですか。中心部ではないですよね。
(事務局)小規模校ですね。複式学級を抱える小学校に配置しております。
(委 員)○○小学校や○○小学校は、複式学級はないのですか。
(事務局)ありません。

■平成26年度当初予算資料
 http://www.city.kumano.mie.jp/sisei/sityoukousitu/26tousyoyosansiryou.pdf

・抜粋
(増額) 夏休み学習プラン事業 【教育委員会】 50万4千円(36万円)
 市内小学校5校を対象に、夏休みに20日間の学習会を開催し、学力向上を図ります。また、26年度から、市民会館等でも学習会を開催します。

(増額) 放課後学習プラン事業 【教育委員会】 128万8千円(91万円)
市内小学校5校を対象に、放課後2時間の学習会を開催し、学力向上を図ります。

■平成26年度特色ある新規事業増額した重点事業
 http://www.city.kumano.mie.jp/sisei/sityoukousitu/26tokusyokunoaruyosan%20.pdf

・抜粋
夏休み・放課後学習プラン事業 179万円(教育委員会)
(平成25年度当初予算額 127万円)

 市内小学校5校を対象に、夏休みに20日間、放課後2時間の学習会を開催し、学力向上を図ります。また、26年度から、上記5校以外から参加希望を募り、夏休みに市民会館等でも学習会を開催します。


 この相談を受けたとき、私が一方で考えたことは、「地域課題として解決できないか」でした。私もそうですが、空いた時間の都合をつけやすい人は、飛鳥町にはたくさんいるはずです。そういった人たちが、地域の宝である子どもたちの学習をサポートするのは不可能ではありません。また、そういうことに使える予算もあるはずです。学校の先生にお任せするのは筋かも知れませんが、地域で手を取り合うことも、やはり同じように必要だと感じます。たとえば、今回、思わず送迎バスを出すことになった予算を、そういったことに使うことも提案できたかもしれません。
by owase874 | 2014-07-11 10:58 | 教育とまちづくり

学校給食について

学校給食について調べています。

とかく、調べることから入るので、ネット情報を中心に流し読みしています。全国学校給食協会なる有限会社もあるし、食育をテーマに取り組んでいる自治体もたくさんあります。以前、尾鷲市議時代、御食国である福井県小浜市へ政務調査視察に行ったとき、食育についても学んできました。
e0105019_0521918.png
イメージ


僕が小学生のときも、学校給食は学校単位で調理していました。給食のおばちゃんが顔見知りなので、残すと叱られたし、こそっとマヨネーズを大盛りにもしてもらっていました。好き嫌いの多かった僕は、友だちと隠れて野良犬に嫌いな食べ物をあげていたこともありました。いまでは、食えないものはないほどに食べられますけどね。
e0105019_0523162.png
イメージ


中学校は弁当で、土曜日の午後はクラブがあったので、近所の売店で食パン1斤と牛乳1リットル、100円の紙パックジャムが定番でした。ええ、これが昼食でした。ほんまよう食べていました。質より量の時代でした。高校(熊野高専)のときは、弁当がやがて少なくなり、売店でパンか、校内の食堂で食べていました。この食堂のおばちゃんとも友だちになって、やがては売れ残りを安く食べるという裏技も取得しました。学校給食としては、小学校だけでしたが、学校内で食べるお昼ごはんは、いまでもよい思い出としてたくさん記憶しています。

さて、その学校給食ですが、娘が通っている保育園では、園内で調理しています。すべてが、学校内での調理ではなく、自治体によっては、給食センターでの集中調理と配送ということもあります。たとえば、紀北町は、中学校までは給食センターからの配送ですし、尾鷲市や熊野市では、中学校では給食はありません。ただし、全ての場合を調べている最中ですので、いずれは表にでもして考察します。

覚え書きのように残しておきたいのは、学校給食を米飯中心にするべきだなと感じる点です。もちろん、地域で栽培されるお米を使えばいいし、そのために稲作を体験するカリキュラムがあっていいでしょう。派生することはたくさんあるので、野菜なども家庭菜園レベルから、委託栽培をすれば面白いです。限りなく、自給自足とする点で、米飯給食は欠かせないと感じます。

また、給食センターによる一括配送も、コスト面と衛生面から見ても、ベターな選択になると感じています。もちろん、中学校までを対象にすることで、食べるという教育(食育)から得られる効果は、絶大なものになると感じています。材料の調達などは、数のこともあるし、すべてを地域で揃えることは難しいかも知れませんが、それを継続的に必要とする見通しがあれば、地域で栽培する仕組みづくりもできるように感じています。需要と供給が一致すれば、そこには利益と仕事(雇用)が生まれます。

そして、できれば、給食はより大勢で食べる方が楽しいので、そういった空間を用意することです。生徒数が少ない学校では、そういった取り組みが進んでいますが、各教室に配膳する手間も省け、なによりも、勉強する教室から開放されることで得られる効果があるはずです。そういったデータも探しています。

いずれは、必要となってくる話題だと感じていますので…
by owase874 | 2014-02-27 01:14 | 教育とまちづくり

教育長だよりにみる、求める学校教育とは

 教育長だよりを知っていますか?

 現教育長の二村さんが、不定期に発行している便りです。

 元校長らしく、長らく教育現場にいた経験と実績に裏付けされた内容で、学ぶべきことも、合点がいくこともいくつも記載されています。もちろん、疑問に感じることも、なかにはあります。

■総務係 | 教育長だより | 尾鷲市役所
 http://www.city.owase.lg.jp/soshiki_view.php?so_cd1=4&so_cd2=1&so_cd3=1&so_cd4=0&so_cd5=0&bn_cd=3

 教育者としては、私なんかよりも大先輩で、教育のなんたるかをディベートする立場でもありませんが、私が議員である以上は、この便りで述べられている二村教育長の教育哲学が、きちんと学校運営に反映されているかはチェックできます。これができていなければ、まさに絵に描いた餅で、先に策定された尾鷲市教育ビジョンでも同様ですが、広げた風呂敷がやけに大きいだけで、包む中身がなんにもないことになりかねません。

 私が気になる点には、教育長が常に述べている”尾鷲人づくり”のなかで、はたしてその通りに進められているのかが疑問のひとつにあります。

 たとえば、郷土の文化伝統の理解と継承を目的とし、尾鷲節をはじめとする各地域の祭り行事などを学べる機会を、きちんと教育カリキュラムにプログラムされているのか?があります。市内のどの学校においても、同じ学年が毎年のように実践できていなければ、その年だけ、関心ある先生が行動したときだけになってしまいます。これと似たことが、林業や漁業などの1次産業を知る機会においても、その時々で学習内容に温度差や実践するしないがあれば、元の木阿弥となってしまいます。

 また、自治体規模では誇れる尾鷲市の天文館においても、市内すべての児童生徒が、理科などの授業の一環で、太陽の黒点を見るとか、月のクレーターを見るとか、恒星くらいは全て見ておくとか、そう言った利活用がプログラムとしてあるのかなども同様です。ほかにも、夢古道おわせの古道の湯には必ず入るとか、これのもととなる尾鷲海洋深層水やアクアステーションには必ず触れたり、見学に行くとか、”The 尾鷲”と言える市内各地の名所旧跡を、尾鷲を学ぶプログラムとして反映しているかが気になります。

 これができていなければ、尾鷲人づくりは、なんの役に立たないでしょう。私が思うに、学校教育の良さは、教科を学ぶ機会があること、集団生活のなかから個性を引き出せること、少数意見でも考える機会を与えられること、そして、郷土について知る機会が与えられることだと考えています。贅沢な要求かもしれませんが、それが地域資源を知る人間づくりになり、教育長が述べる尾鷲人づくりの原点となるはずです。

 あとは、教育長の哲学が、ほかの教育委員さんとも共有でき、これが学校現場の校長先生をはじめとする教師と共有できているかです。子どもたちの将来や未来を考えたとき、尾鷲市の姿をいつでも思い起こし、ときにはあるべき姿を考え、いざというときに支えや助けとなる人間づくりは、大人である我々の責務ではないでしょうか。その先頭をきるのが教育長であり、この便りを頼りに進めてもらいたいと考えています。
by owase874 | 2013-05-09 13:08 | 教育とまちづくり

宮之上小学校の耐震整備事業について

 予算決算常任委員会で審査をした予算です。その前に、時間を割いて、設計業者より説明を受けました。

 なお、契約金額は、17,650,500円です。これは、実質設計業務になります。

■宮之上小学校耐震整備に伴う実施設計業務 公募型プロポーザルについて
 http://www.city.owase.lg.jp/contents_detail.php?frmId=8523

 この設計の工期は3月15日で、私がはじめて説明を受けたのは、その3月15日でした。つまり、議会は説明を受けるだけで、変更はもちろんのこと、意見すらも通らない状況をつくっての説明を受けたことになります。

 いただいた設計の資料には、昨年12月の日付がついていたので、この時点では設計書が出来上がっていたことになります。尾鷲小学校の件があったので、教育委員会事務局には、口酸っぱく事前説明を言っていたつもりでしたが、まあ議会も議員もなめられたものです。と言うか、反対しても、やがては賛成してくれるだろうとの目論見があるのでしょうか?まあ、執行部からすれば、委員会否決を本会議で委員長自らが翻すくらいですから、なめられて当然かも知れません。

■宮之上小学校の耐震整備計画の変更と、陳情書の影響
 http://owase.exblog.jp/14960657/

 参考までに、以前の私のブログ記事ですが、この記事内容を踏まえて、今回の説明を受けて、私が説明を求めたのは、以下の2点です。

1.宮小の校庭は、海抜が7.5mくらいだったと記憶していますが、北川沿いから遡上する津波を想定したとき、校庭から見て左から正面に向けて、津波が押し寄せると考えられますが、海抜が10m弱の校舎1階が津波を受けた場合の想定を、(設計者は)どう考えているかお聞かせ願いたい。

2.(教育委員会事務局に質問しますが)以前の私の質問で、宮小の現在の平米数は4,780ですが、耐震整備計画では約1,800平米に縮小されていました。これについて私は反対しましたが、今回の設計では約2,500平米に増床されていました。その点は評価できますが、生徒数が今後も約120人を推移していくとはいえ、宮之上周辺には約800人を超える住民が住んでいます。さらに周辺の底床地区を加えると、約1,000人規模の人たちが、宮小を1次避難場所として、または2次避難場所として求める可能性があります。

私は、小学校としてだけでなく、今後の津波対策として、こうした近隣住民の避難場所としての想定も加味して欲しいと訴えましたが、今回の設計で、たとえば防災危機管理室や、関係機関、アドバイザーの片田教授の意見を交えて考えたことはなかったのでしょうか?桜茶屋やその高台に緊急避難しても、その後の救援を待てる場所が、この近隣には整備されていないなかで、避難した住民が野ざらしのまま救援を待つことになる可能性があるのではないでしょうか?


 東日本大震災を受けて、もっともらしい質問をしたのですが、返答はなんともあっけないものでした。これが、現在の尾鷲市の防災最前線とまでは言いませんが、大事なことが想定内で考えられていないのは明白です。その返答は、以下の通りです。

1.(設計者より)津波を受けた場合、1階の校庭側の窓は破壊され、津波は(いまの第二保育園側に)抜けていくと考えられます。

 →設計書を見る限りでは、校舎左には体育館があり、構造上壁が多く、津波で破壊された場合の保存状態に疑問があります。つまりは、津波後には全く使えない状態になる可能性があります。また、校庭側の1階の窓が破壊され、津波が抜けるとありましたが、抜ける側には窓が少なく、津波が校舎内で滞留、もしくは破壊を繰り返すことも想定されます。ただし、この土地には傾斜があるので、10m級の津波であれば、破壊はされても、壊滅的でない可能性もあります。

2.そういう想定で、市役所内で調整したことはありません。設計にも反映していません…

 特筆すべきはもちろん2ですが、これが尾鷲市の現状です。市長自らが東北にまで足を運び、多くを学んだと答弁していましたが、何を学んだのかは、公共施設の取り扱いをみても明らかです。かりに、いまの設計が加味されたものであれば、多少なりの私の持論はあるにせよ、その後の方向性には問題はないものと考えるのですが、生徒の一時避難しか考えていない設計となっており、多くの課題がありそうです。

 つまり、宮小の生徒が校舎内に一時避難しても、帰る家が無くなっている可能性があり、ここに留まろうにも、生き残った家族までが避難できる状態ではない可能性が高いのです。しかも、1階が被災している可能性も高いので、校舎内は避難者で溢れかえり、その状況下で、備蓄される物資は、この校舎規模では限られることから、まさに地獄絵図になることも想定できます。

 もういまさら遅いのですが、校舎を1階分増すとか、ヘリコプターが乗降できるようにしておくとか、奇想天外かもしないけれど、想定外とは言わせない設計を、宮小には求めていたので、非常に残念ではありました。子どもたちの学び舎と、子どもを人質に議員を攻める体質ですが、その学び舎は地域の財産でなければなりません。そこまで考えられないことに、私は唖然とするしかないのですが、これが尾鷲市が学んだ教訓なのでしょう。こと防災に関しては、私は今後も諦めませんが、宮小は避難の拠点と考えていただけに、桜茶屋の高台しか取り柄が無くなってしまいました。

 市民の生命を自治体の財産とするならば、そういう施策を講じるのが、首長たる責任ではないでしょうか?
by owase874 | 2013-03-18 00:24 | 教育とまちづくり

教育委員会の限界

 教育委員会の動向が注視される報道が目立ちます。いじめ問題に絡んで、対応が後手後手に回った大津市教育委員会、教師の体罰による生徒の自殺で、入試中止まで採決した大阪市教育委員会…ここ最近でも、教育委員会の対応を巡って、真に問わなければならない課題が蔑ろにされてはいないかと感じます。そう遠くない過去には、尾鷲市教育委員会においても、似たり寄ったりの対応に世間が一喜一憂しました。

 基本的なことですが、教育委員会の委員は、自治体の長が選び、議会の承認を経て決定されます。その後、教育委員会委員の互選によって、教育長や教育委員長が決定されます。このうち、教育長は事務方の長として活動し、教育委員長は教育委員会委員のトップとして、教育委員会を取り仕切ることになります。権限上は、教育委員長が上ですが、教育長の方が給料ははるかに多いです。お金の違いは、教育長の場合は、毎日出勤しますが、教育委員長はその都度の出席になります。また、議会の定例会など、議場には双方の長が出席することになりますが、委員会などの場合は、事務方として教育長が出席することになっています。もちろん、議会や委員会から招聘されたときは、教育委員長も出席することになっています。

 最近の尾鷲市教育委員会で言うと、教育委員会委員の選任が委員会付託になることがありました。これは議会運営上正規なやりかたですが、人事案件が委員会付託を省略して採決されることが慣例となっています。少なくとも、尾鷲市の場合もそうでしたが、のちの互選で教育長になる教育委員会委員の人事案件が、2人続けて委員会付託されたのは、珍しいことでした。私においては、その2人ともに、採決では反対の意志を表明しています。それぞれに私なりの理由がありますが、ここでは省いて話を進めるとします(1人目の反対については、過去のブログに記述しています)。

 こうして選出された教育委員会委員は、行政職員と教育現場からの先生からなる教育委員会事務局の取りまとめで、月に一度、教育委員会に出席します。ここでは、教育委員長が会議を進め、事務方である教育長らの報告を聞きながら、学校と教育について議論を進めます。このほかに、臨時的な開催もあります。会議への参加はできませんが、希望すれば傍聴もできます。これも、内容によっては非公開となることもあります。

 一方、議会とは一線を画しており、通常業務に議会や議員が口をはすむことはありません。教育の独立性を担保させるため、政治不介入が根拠となっています。私においても、教育全般には大いに興味関心を持ちつつも、学校現場や教育の根本についてまでは、教育委員会の裁量だと割り切っています。と同時に、学校現場も教育委員会も、本来は政治不介入で進めてもらいたいとの願いはあります。憶測では書きませんが、これらの点においては、尾鷲市においても不透明と言いたくなる場面や聞き及ぶことがあります。

 では、教育委員会の限界についてですが、まずは予算面での限界を感じます。教育委員会の予算は、学校現場の充実には不可欠なものです。細かく言えば、コピー用紙や理科の実験器具なんかも、市の予算に計上されて議会が承認します。これらの元となる予算は、まずは教育委員会で議論されますが、自治体の長が集めた教育委員会だからといって、予算が潤沢に学校現場に行き渡ることはありません。議会に予算として出てくるまでに、予算を管理する財務で絞り込みがされます。この絞り具合について、議会や議員が指摘することはあります。その大半は増額についてですが、それは学校現場との懇談などで、学校長から強く予算確保を進言されることもあるからです。教育委員会が独立した機関であると言いながら、予算面できっちりと外部管理されている現状では、教育委員会で示される学校教育の事業計画が、予算の関係で縮小することにも繋がってしまいます。これは、議会や議員がどう指摘をしても、市長に反対される矛盾が生じてしまいます。

 もう一つの限界は、教育委員会の仕組みそのものです。今回の大津市や大阪市の事件だけでは、教育委員会の権限が有りそうに見えて、実は自治体の長に左右されている点です。予算面では絞り込みを余儀なくされ、学校現場の権限では自治体の長や事務方に押さえられる。こうした矛盾が、結果として学校現場や子どもたちにしわ寄せとなっています。過去には、犬山市の教育委員会のように、独立性を担保させるための攻防がありましたが、子どもの将来や未来を見据えて、政治と闘う教育委員会では無くなっています。そこに、自治体の長や議員との癒着構造や、学校現場と教育委員会との乖離があげられる気がします。

 乖離の点で言えば、教育委員会委員の選任は、自治体の長がするのであって、学校現場の意見が反映されていない点があります。水面下ではあるでしょうが、あまり教育に詳しくない、それほど研鑽を積まない委員が選任されれば、実は大きな打撃となるのです。さらにその点で言えば、議員も同様ですが、教育委員会委員の身分保障の低さもあげられるでしょう。これでは、モチベーションだけでなく、責任意識の度合いも低くなって当然です。月に一度や二度の集まりで、自治体の教育すべてを考えることなど不可能です。多くは、事務方で進められる現状で、ときに教育長と教育委員長が不仲になったりする話は、権利意識や教育の蔑ろから生じてしまうと予測できます。やはり、何をやっても、子どもたちには不利益極まりないです。

 そこで、教育委員会の改革がでてくるのですが、この点にも長い歴史を見ることができます。独立した機関を担保させる仕組みづくりが根本ですが、そういった部分にメスを入れる自治体の長はなかなか現れてきません。学校現場にどれだけの予算を投じれば、自治体の教育が劇的変化をとげるかどうかは、調査も検討もしていません。国や県の制度になぞらえてやっているだけで、自治体独自、尾鷲市独自の教育ビジョンは無いに等しいのではと感じます。大げさかもしれませんが、こういった教育の体系化、地域教育の実践が付け焼刃のようになってることが、将来的に子どもが地域に残らない、少子化を加速させているのではと感じることも多々あります。

 子どもといえど人間なので、それぞれ性格も知識の幅も違います。それを大人がどう方向を指し示してあげられるかが教育のあり方です。政治不介入の理念であっても、政治をやらなければならないこともでてきます。教育委員会は、その関所であり、拠り所であり、ハブであるべきです。制度自体の見直しは、上からではなく、地方からだと強く感じます。それが、政治をやらなければならない部分で、私たちにも大きな責任があります。しかし、最終的には自治体の長に権限と決断があるのです。

 教育委員会の限界が、教育の限界であってはならないのです。
by owase874 | 2013-01-22 14:38 | 教育とまちづくり

議会を愚弄しているのではないか?

 26日の生活文教常任委員会及び全員協議会についてです。

 議題は、尾鷲小学校・尾鷲幼稚園耐震整備事業に伴う改築及び工事についてでした。

 まず最初に、生活文教常任委員会では、私の発言が元になったのか、休憩後の再開で、市長をはじめとする執行部全員が、起立をしての謝罪をしました。その後の全員協議会でも、関係者全員が冒頭に謝罪をしました。しかし、雁首並べたトップ陣が、最初からそのつもりではないのは明らかでした。一方、職員においては、恐縮しながら誠心誠意の気持ちで説明しているのを感じていたので、そのギャップの大きさも問題だと感じました。岩田市長においては、私を含めた一部議員への対応が大柄なのは承知の沙汰ですが、先だっての真井議員の発言に関しては、かなり踏み込んだ発言で激高していただけに、議会が15名の議員で構成されていることをお忘れなのかも知れません。

 そもそも謝罪となった経緯は、この日の議題について、非常に議会を愚弄していると言いかねない失態を繰り返していたにも関わらず、9月定例会で補正予算として計上する可能性が大きい公算であるのに、岩田市長も横田副市長も畑中教育長も、一切を議長に報告あるいは謝罪しなかったことへ、私が苦言を呈したからだと予測できます。しかしその通りで、担当職員が説明に来る前に、議会へ足を運ぶだけの内容であることは明らかです。それなのに、私に対する市長の最初の回答には、はっきりと、横柄な態度を感じました。

 この議題についての補正予算が、この日の説明のまま上程されても、かなりのハードルがあると認識するべきです。一方では、議員個人しか見てないようですが、私たちには負託を受けている責任があります。後ろには、多くの市民が説明責任を求めています。それに耐えうる説明がなければ、議会には議決権があるということです。

 では、愚弄と感じた一つですが、資料提供された”設計業務委託の検査~工事着工までの流れ”で気づきます。

■流れ
 3月29日 設計事務所から設計一式(成果品)が届く
  ↓
 3月29日 担当課が、成果品の受理と検収を行う
  ↓
 3月31日 担当課が、完了検査する
  ↓
 4月08日 入札の事前公示
  ↓
 4月18日 入札の本公示
  ↓
 5月02日 入札内容の質疑の受け付け開始
  ↓
 日時不明 設計図書の不備を確認、数量調書を優先
  ↓
 5月11日 受け付け終了
  ↓
 5月16日 質疑書への回答通知
  ↓
 5月25日 入札方法変更の通知(数量契約方式への変更)
  ↓
 5月27日 入札執行
  ↓
 6月03日 工事請負契約の採択 
  ↓
 6月04日? 契約・工事着工
  ↓
 6月半ば~7月末 数量調書の不備を確認
  ↓
 8月25日 正副議長に電話報告
  ↓
 8月26日 生活文教常任委員会、全員協議会

 どこかというと、5月2日に入札内容の質疑の受け付け開始した際に、通常の予想をはるかに超える226件の質疑があったようです。それだけ、設計図書に対する不明瞭な部分があったと判断するのですが、結果としては、市も設計側も不備を認めるところとなり、入札方式の変更をしていました。まず、この点の説明が、議会には一切ありませんでした。多額の予算を執行するのに、議会に報告なしですり抜けて、6月定例会初日の6月3日に採決してしまいました。

 次に、6月半ばから7月末にかけて、要であった数量調書の不備を確認したことも、議会への報告は、直前まで伏せられていました。設計図書の不備だけならまだしも、入札の基本となった数量調書までもが不備とあったのでは、議会に一報を入れるべき事件であったはずです。これは、入札自体の信頼性や、ほかの入札業者への示しもつかない事態です。それらをすべて蔑ろにして、補正予算で不足分を計上する可能性を説明されても、「都合良すぎるのでは」と議会に反論くらって当然でしょう。

 大きな問題点は、数量調書の不備まで見抜けなかった責任の所在です。設計会社も口頭謝罪しているそうですが、設計ミスによる現時点での増額分は、判明しているだけでも1600万円を超えています。しかも、設計図には記載があって、数量調書には記載がなったというのですから、入札方式を変更することなかったのにと感じてしまいます。これには、市としてミスを見抜けなかった責任を認めています。

 また、その後の追加分としても、約3千万円が計上されていました。工事にとりかかって判明したことや、学校からの強い要望も含まれていましたが、「お粗末」としか言いようがないものも含まれています。入札差金が1億円近く出たので、その分でまかなえるとふんだわけでもないでしょうが、総額約4600万円の増額を、おいそれと認めるようなことはできません。もしも、この説明のまま上程されれば、間違いなく議論は火だるまになるでしょう。

 まずは、ミスの所在を明らかにし、どちらがどれだけ負担するかでしょう。そこの議論を抜きにして、全額認めろとは言えない状況だと悟ったでしょう。また、追加工事の内容については、上程後の審査で決めますが、この点についても疑問は多々あります。しっかりと、定例会後に検討したいと考えています。
by owase874 | 2011-08-28 02:30 | 教育とまちづくり

学校問題に関する教育委員会の今後の取り組みについて

■公立学校職員の懲戒処分について
 http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/2011080319.htm

 上記の件に関する報告がありました。

 まず最初に、これまでにも報告や説明を聞いていましたが、”飲食店などで一緒に喫煙した”という事実は聞かされておりませんでした。聞いていないことに疑問を感じるのではなく、「飲食店のような、第三者がいる場面でも喫煙をさせていたのか(していたのか)」という影響の大きさです。私は、紀北地区薬物乱用防止指導者協議会の指導者でもあります。未成年の喫煙に関しても、興味関心から喫煙がはじまり、やがては依存してしまう傾向や、家庭ぐるみでの喫煙の黙認なども承知しています。それだけに、今回の報告では、その点についての背景や今後取り組みについても、後回しのようでした。また、これが報告に入っていなかったことに対しては、教育委員会の隠蔽体質だと言わざるえません。

 冒頭から、教育委員長は、4つの改善策を提案されていました。これ自体にも、大きな疑問があるのですが、これは教育委員会での承認事項でないことをあとで知りました。それでは、教育委員会では何が話し合われ、何を決定したのかは、結局はわからずじまいとなりました。多くの議員からも、苦言が呈されていただけに、信頼回復をまず最初にするのは、教育委員会だと感じています。しかしながら、教育長も教育委員長も、責任を取るという形で、自分の席を明け渡さないことだけは明言したので、今後の活躍には、相当の責任を負ってやっていただきたいとも感じました。

 その4つの提言とは、学校経営品質の向上、学校敷地内での喫煙の全面禁止、講師の研修・指導の強化、加配の要求・講師の解消でした。これが、教育委員会の承認事項でないとわかっていれば、議論があそこまでこれに集中することもなかったでしょう。いまさら取り上げることもないと思いますが、このうち2つは講師に対する偏見とも受けて取れるし、教諭についての言及では一切ありません。また、残りの2つについては、今回の事件にどれだけの影響を与えたかが不明です。

 尾鷲市長においても、「尾鷲スタイルの教育を実践してもらっている」とありましたが、教育委員長と教育長は、考えも理念も違っていると感じるのは、私だけではない気がしますし、そのことについて、議員間でも話題となっています。また、「徹底した議論を」と、市長は言っておりましたが、場当たり的な発言にも感じました。それぞれのトップがこれでは、尾鷲市の学校教育は、本当に充実しているかも不明ではないでしょうか?

 委員会での説明を聞いていて、途中から腹立たしくなりました。これが正直な感想です。確かに、すべてを垣間見たわけではないので、私の腹立たしさ、苛立ちは、一方的な見解です。その点も踏まえて、発言をさせていただきました。やるべきことは、再発防止や、そうなるまでに至った背景など、尾鷲中学校として、尾鷲市教育委員会として、迅速に対応しないとならないはずです。

 その点の説明が曖昧で、講師という立場の危うさを、一方的な責任を押し付ける形で終息しようとしていると感じました。また、学校敷地内の禁煙の徹底は、学校経営品質云々ではなく、人としてのモラルです。それが、経営品質に繋がることはわかりますが、今回の事件とは別の次元と捉えるべきです。もし仮に、禁煙の徹底がされていなかったことが、この事件の引き金となったと判断するのであれば、これまで敷地内で禁煙していた教師全員を処分すべきではないでしょうか?できるわけないし、そこまでの議論にもなってないわけでしょ?だから、背景の検証をしていないのでは?と感じるのです。

 もっとも、敷地内禁煙を言うのであれば、尾鷲市役所においても、敷地内禁煙はしておりませんし、確固たる分煙でもありません。なにも学校だけに禁煙を強いるのではなく、こういったすべての背景を検証し直すべきでしょう。これが、未成年の喫煙を考える上で、教育委員会が先導する仕事だと考えます。地域との連携に対しても、足元から揺るぎかねない大事な部分ではないでしょうか?私は喫煙をしませんし、どちらかと言えば嫌煙家です。しかし、喫煙する人の権利はあります。大人の都合を差し置いて、未成年の喫煙がなくなるはずがありません。

 大阪府では、橋下知事のもとで、教育委員会の大改革が打ち出されています。対岸から見ていると、「ちょっとやりすぎでは」、「教育に、そこまで政治を持ち込むの」と感じますが、”わかる”部分も大いにあります。教育委員会の重要なところは、極論すれば、国家を担う人材育成を指南する場でもあります。そこに政治がなければ、とも考えたくなりますが、そうなってしまった背景には、学校や教師の側にも課題はあるはずです。この時代、教師は聖職という人もいなくなり、世知辛い立場にいることもわかります。モンスターや教育ネグレクトの保護者に対し、本来の希望や夢をぶち壊しにされるから、精神疾患で休職などする教師が増加するのもわかります。

 もはや、学校で発生するさまざまな問題や課題は、学校だけでは解決できない時代になっています。それをすべて、学校や教師の責任にすることがないように、教育委員会があり、任命権者の市長がおり、それを議会が承認しているのです。今回の事件を踏まえ、教育委員の選任は、これまでの慣例で本会議採決するのではなく、常任委員会の付託をするべきだと痛感しました。それは、いまいる教育委員がどうのではなく、大きな責任を負託するに耐える、人材を選任する責任を感じたからです。大阪府の改革までいかなくとも、何かしらの手立てをしなければ、尾鷲市の教育には一抹の不安を感じずにはいられません。

 また、この日の議論で感じたのは、この場面こそ、議会中継として放送すべきです。インターネット中継であれば、生放送はもちろん、その日のうちに録画放送が見えます。そこ居合わせた市長をはじめとする執行部の発言や態度、議員の発言や態度など、さまざまな情報を公開すべきです。それを市民に公開し、見ていただいた上で、私たちの仕事が評価されたり、教育問題を一緒になって考えたりする土俵ができるのです。これも、地域との連携に繋がる手段のひとつではないでしょうか?
by owase874 | 2011-08-24 00:14 | 教育とまちづくり

山田町立船越小学校の被災に学ぶこと

 山田町役場のご厚意で、船越小学校を訪れました。

 町内に9つある小学校のうち、唯一被災した学校施設です。とはいえ、海から12m(校舎)から15m(校庭)の高台にある小学校です。校門へ続く道路からは、地盤沈下によって面影のない、前須賀海水浴場だった場所が、はるか下に見えます。眼下の堤防はところどころ残っていますが、その先の8.5mの堤防は崩れて跡かたありません。
e0105019_22593268.jpg
小学校玄関


e0105019_23572596.jpg
学校入口、最右端の道路で約6m


 現在は立ち入り禁止になっていますが、校庭では子どもたちが遊んでいました。挨拶をしてくれたので、声をかけると、地元の中学生でした。しかし、明るい表情とは裏腹に、「ぼくらは生き残った」と言っていました。想定しなかった言葉だったので、こちらが言葉に詰まりました。さらに、「あそこに腕みたいのが落ちとる」とも言うので、さらに驚きました。結局は、枯れた木切れだったようですが、生死の境を見た気がしました。本当に、この津波は、大きな傷跡を残しました。見える傷と、見えない傷もです。
e0105019_23101396.jpg
校舎縁より、前須賀公園方面


e0105019_00289.jpg
校舎縁より、田ノ浜方面


 地震が発生したあと、児童は校庭に避難しました。しかし、校務員の判断で、さらに高台となる裏山に避難したそうです。裏山は、20m以上はあったので、生死の境は数メートルだったと感じました。あの時に、校務員の機転がなかったならと考えると、その現場にいたこともあり、私は背筋が寒くなりました。直接本人に聞いたわけではありませんが、校務員のような人のおかげで、助かった命がたくさんあったはずです。もちろん、その判断がなく、助からなかった命もあります。その境が紙一重なんて、どうしてもやりきれません。
e0105019_23253410.jpg
津波が通り抜けた


e0105019_23432356.jpg
廊下が水路に見える


 高台の校舎を襲った津波は、窓や薄い壁を破壊して、教室内に入り込みました。おそらく、机や椅子をごちゃ混ぜにしながら、水路となった廊下を通り抜け、窓を突き破って校庭までなだれ込んだと予測できました。いまは片付けられていますが、ねじ曲がった窓枠や、はがれ落ちた天井を見ていると、津波の破壊力と理不尽さを痛感しました。まさか、この教室に津波が入り込むとは、普通では想像できなかったことでしょう。しかし、それを予測できた人がいたことは、今後の減災に必ず繋がります。悲しくもなりますが、大きな希望も感じました。
e0105019_2336827.jpg
中庭とその先に校庭が見えます


e0105019_2351515.jpg
鉄骨ブレースの教室には窓枠が残る


 写真からもわかるように、中庭を挟んで2棟あった校舎の1階部分は、ほとんど全ての教室が被害を受けました。中庭には、雑草が生い茂っていましたが、3月11日のあの時までは、もっと違った表情があったはずです。私たちがここから学ぶことは、尾鷲市における学校施設の現状と見直しですが、そのときは、とてもその気持ちになれない感情移入がありました。しかし、津波の到達までいくぶん時間があった山田町ですが、尾鷲市では約10分とも言われています。逃げられる時間すら確保できない状況が予測されるなかで、学校を高台と見なして整備することも一案です。被災しても、命が助かる校舎です。東日本大震災では、そういった状況となった学校施設もいくつかありました。いまからでも遅くはない、学べる教訓があるのです。
e0105019_0103215.jpg
右が体育館、左が玄関


e0105019_0121892.jpg
プールで約8m


 地元や現地をよく知る方にとっては、不謹慎だと言われてしまうかもしれませんが、被災した学校施設を説明を受けながら見ることができたことは、私にとっては大変に参考になりました。いくら、インターネットや報道で見たり、調査することはできたりしても、実際の目で見るのと、生の声を聞くのとでは、大きな差があります。

 尾鷲市においては、なんの見直しも意見も反映されないまま、尾鷲小学校や尾鷲幼稚園の耐震補強工事が始まっています。耐震される校舎は立派になりますが、津波に対応できるかどうかは再検討されていません。校庭は7.5mほどですし、新校舎は津波に対応する構造ではなく、新校舎の基礎部分で約11m、避難場所にもなる新駐車場で約13m、新校舎の屋上で20mだと記憶しています。補強される鉄筋コンクリート校舎の基礎部分は約9mでした。背後の中村山(約30m)に避難する訓練もはじまりましたが、約10分で全員が避難できるかどうかもあるし、校舎屋上に逃げても大丈夫かどうかの検証も必要でしょう。
e0105019_12593978.jpg
上空より撮影(位置関係がよくわかります)


 私たちが尾鷲市に帰ってきてからの12日、興味深い報道がありました。岩手日報のネットニュースですが、まさに船越小学校の今後についてです。被災を受けた人たちが、今後をどう考えているのかがわかります。さまざまなことが読み取れるので、参考までに引用します。


■船越小再建、現在地か移転か 山田で住民懇談会(岩手日報より引用)

 山田町教委は12日、津波で被災した山田町船越の船越小(佐々木道雄校長、児童160人)の復旧について、現在地そばにある山を切り開いて校舎を建て、1階を吹き抜けとする案など3案を保護者や地域住民に提示した。保護者からは現在地から離れた場所に移転を望む声も強く、結論を先送りした。

 船越湾の近くにある同校は2階まで浸水。校舎は使用不能となり現在、児童は同町の陸中海岸青少年の家で授業を受けている。

 同町織笠の山田中で64人が出席して開かれた懇談会で説明が行われた。町教委は復旧事業案として▽児童を近隣の学校に通学させる▽学校そばの山を切り崩して校舎を建て、3階建て校舎1階を吹き抜けとする▽現在地以外の高台に再建―の3案を提示した。

 学校そばに校舎を再建する案は、町有地に当たる校舎の裏山を切り崩して校舎を建設。今回の浸水地点よりも高く盛り土する。3階建ての校舎1階部分は吹き抜けにして減災を図り、屋上から避難する道路も整備する。

 この案について町教委は、最短で2012年度内に校舎再建が可能とする。現在地以外の案では、用地確保の難航が予想されることから、新築まで5年以上かかるという見通しを示した。保護者からは「子どもが海を怖がっている。現在地以外に建設してほしい」「保護者同士でもう少し話し合う場を設けるべき」などの声が上がり、結論を先送りした。 (2011/07/13)
by owase874 | 2011-08-12 23:41 | 教育とまちづくり

尾鷲市の教育環境は大丈夫か

 21日に、生活文教常任委員会が開催されました。

 開催してみて、あらためて感じましたが、常任委員会で取り上げる内容ではなかったかもしれません。ましてや、市教委の教育委員が事件の内容を知らない段階で、飛び越えた常任委員会の開催になったこともあります。チグハグさを感じますし、市教委が”待ち”の姿勢でいいのかとも感じました。この件では、ほかの議員からの指摘もありましたが、教育長や教育委員長に対しても、また、彼らを任命した市長に対しても、一体化や連帯感を感じないのは、私だけではないでしょう。いまは、これに尽きますし、市教委の体制やあり方が問われていると感じています。

 事件の報告を聞く限りでは、中学校講師の非常識さを語るだけで、擁護論や学校体制に対する意見は少なかったです。確かに、報告ではそうなってしまうので、そこまでするならば、例えばタスポを渡したことなどについては、”未成年者喫煙禁止法違反”で摘発される恐れだってあります。実際にも、書類送検されている前例はあるし、毅然とした態度をとるというのであれば、曖昧にしない意味でも必要かもしれません。

 しかし、それと同時に、「なぜ、講師に該当する生徒の指導を任せたのか?」などの議論は、学校側だけでなく、市教委でも活発にしなくてはと感じます。ここに、大きな”大人の責任”を感じます。また、喫煙が恒常化している恐れがあることからも、該当する生徒の指導は、医療的にも必要ではないかと感じます。結果として、事件にまで発展したからには、家庭を巻き込んで、子どもに対して指導するのは当然かとも感じます。講師ばかりが注目され、その対極に生徒がいることも、忘れてはならない気がします。もちろん、未成年であるという保護は必要ですが、曖昧にしてはなりません。

 この日の常任委員会では、”市教委への説明は明日”と知った段階で、飛び越えての議論についての躊躇がありました。また、先約の公務で市長も不在で、骨抜きのような感じがしました。後日、その市教委定例会の様子も聞きましたが、新聞紙上でも確認する限りでは、事件の本質を議論するのではなく、学校長の責任論が出るあたりからも、現体制の疲弊ぶりを感じるだけでした。また、”長”がつく2人の連携があるのかや、教育委員長が尾鷲にいないことのほうが多いなど、教育委員会が片手間の組織であるようにさえ感じてしまいました。

 私の個人的見解では、報酬や委員数を増やしてでも、学校教育を蔑ろにしてはならないと、強く感じています。いまの尾鷲市の学校教育環境は、耐震化や統廃合、生徒指導や教師の質など、課題や問題が山積していると感じています。それを、市教委がすべて背負うことはありませんが、”モノ言う組織”であるべきでしょう。人口の現象や産業の衰退は、教育から始まっていると感じるので、将来や未来を背負う子どもたちの環境改善は、私たち大人の使命ではないでしょうか。

 なんとなく、憂鬱な気分になるだけです。
by owase874 | 2011-07-23 12:25 | 教育とまちづくり

なにを大事にするべきか、を考える

 明日、生活文教常任委員会があります。

 しかし、議題に関して言えば、”後手後手”の開催です。いっそうのこと、”全員協議会”にして、事の顛末を報告したほうが良かったのにと感じています。そう感じるのは、夕方に配達された明日付の南海日日に、すでに記事が掲載されているからです。しかも、こちらが知らない事実まで掲載されているので、「いまさらなにを、常任委員会で」と感じるのです。

 15日(金)の午前中、副議長の立場で、私はこの事件の報告を受けました。正副議長として、この時点での説明を受けたのです。私の個人的意見も言いましたが、内容的にも未確定なこともあり、「メディアに知られるのは時間の問題になるので、後手に回るのだけは避けたほうがいいですね」とは言いました。また、「できれば、議員には事前に知らせておいて、この時点で問題が表面化しないように留意したほうがいいのでは」とも進言しました。結果としては、この内容は反故になりました。それだけに、悔やまれる結果です。

 15日の午後には、所管する生活文教常任委員会の正副委員長らが、同じ内容の報告を受けると聞いていました。この時点で、4名の議員が知り得ることになったのですが、この日の夜にPTA役員会が開催されるなどの予定もあったことから、連休明けの報告を待って対応することも聞いておりました。しかし、19日(月)の全員協議会が台風の影響を考慮して延期され、この話の後日談も聞けない状況のまま、20日(水)を迎えて、状況が一変していることを知りました。

 「すでにメディアに漏れている」とのことで、急遽、明日の9時に生活文教常任委員会を開催する話になりました。この時点では、今日の夕刊には掲載されないだろうと考えていましたが、私の考えは甘く、最初の行となったのです。報道の努力に否定的な意見はありませんが、教育委員会が必至になって情報をシャットアウトしていたのは、果たしてなにだったのかと感じてしまいます。あの時点で、新聞掲載が確実であるとの情報などあれば、全員協議会への切り替えを、もっと強く進言すればよかったのにとも感じます。いまとなっては、まさに後の祭りです。

 「隠せ」とも考えていませんし、隠蔽体質を助長する意見ではありません。ただ、新聞の見出しのように(議題の見出しでも感じますが)、中学校講師一人に責任を押し付けるようなインパクトを与えるのは、あまりにも稚拙と感じます。この問題の根は深く、学校や教育全体で考えるべき内容であると考えるからです。確かに不祥事なのですが、「では、なぜ?」という意見を言いたい隙がたくさんあるのです。その辺りは、せっかく生活文教常任委員会を開催してくれるので、この際に問いただしてみようと考えています。

 新聞では、”辞表を提出した”とありました。「その必要はない」とも思いませんが、学校や教育全体で考えるべき内容を、”講師の辞表”で片付けてしまってはなりません。そうさせないために、教育委員会も情報の取り扱いに慎重になっていたと考えるのですが、”甘さ”があった、と言うしかありません。今日の夜に、PTAなどによる全体報告会があったのも、後手に回った対応とも受けてとれます。会場には、たくさんのメディアが集まったとも聞きましたが、異様な光景であったに違いありません。それだけの内容であったからこそ集まったはずなので、もう少し慎重に、事実関係や今後の対応などをはっきりさせるのを条件に、メディアとの交渉をするふうでもありません。

 現時点では、中学校講師が1名、辞表を提出しました。

 私にとっては、事件の中心ではあるけれど、一番弱い立場に腹を切らせたようで、とても残念でなりません。この際、問題の根を公表し、教育界全体で考える転機にしてほしいものです。若いその講師には、これからも臆することない人生がありますが、三重県で教諭になるという希望があったとすれば、あまりにも大きな後悔になったはずです。一人を犠牲にして、あとはなにもなく過ぎていくのだけは、勘弁したいです。
by owase874 | 2011-07-20 23:58 | 教育とまちづくり


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

プロフィールを見る

ご挨拶とブログの概要

当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

ときには辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。

質問や批評など、ご意見がございましたら、下記宛にお願いします。何かしらの方法で、きちんと対応させていただきます。ただし、ブログのコメントには、できる限り返答をいたしますが、端無自身の裁量になることをお許し下さい。

◆ブログ管理者
 未来874事務室
 熊野市飛鳥町佐渡462番地
 0597-84-1033
 kurage874@cream.plala.or.jp 

なお、たくさんの意見や考えをお聞かせ願いたいので、直接にお会いすることも可能です。日程調整などしますので、その旨をお伝え下さい。

facebookやtwitterにも登録しています。よろしくお願いします!

カテゴリ

プロフィール
議会活動の予定
コラム「温故知新」
端無の一般質問
定例会の報告
臨時会の報告
委員会等報告
議会改革報告
防災とまちづくり
教育とまちづくり
福祉とまちづくり
観光とまちづくり
住民自治を考える
産業振興を考える
公益行事への出席
地域の活動を知る
東紀州はひとつに
 
 
 
 
 
 
 
 

twitter

最新の記事

一般社団法人熊野レストレーシ..
at 2017-09-23 09:10
三重県熊野市議会議員【はなし..
at 2017-09-23 09:00
1年前を振り返る日、新たな決..
at 2015-04-20 14:58
熊野市の地方創生(移住交流編..
at 2015-03-14 17:29
議会が一枚岩になるということ
at 2015-03-03 00:41
【12月定例会の一般質問】熊..
at 2014-12-11 16:18
【丹レス主催】大杉の伐木と霊..
at 2014-11-10 13:17
これからの地方自治体
at 2014-10-30 14:14
【丹波水害復興支援_霊山寺と..
at 2014-10-30 09:52
【丹波水害支援_床下対応メイ..
at 2014-10-21 10:29

以前の記事

2017年 09月
2015年 04月
2015年 03月
more...

検索

その他のジャンル