カテゴリ:公益行事への出席( 58 )

第16回尾鷲市戦没者追悼式

 年を追うごとに、参加者が少なくなってきているようです。

 参加をされる参列者も、戦没者の妻や子どもから、孫やひ孫に変わってきているようです。戦後66年という月日の長さが、第二次世界大戦の風化を加速しているようにも感じました。戦争を知る者が減りつつあるなかで、後生に残す作業の大切さも痛感したところです。

 昨年、私の友人たちで、”尾鷲にも戦争があった”と題したイベントを開催しました。そのときに、尾鷲での戦争体験を収集した冊子を編纂しましたが、安部一美さんが語った、”熊野灘部隊 駒橋”を中心にした恐ろしい戦争体験は、いまでも冊子をめくるとひしひしと伝わってきます。

 尾鷲市内の小中学校でも、戦争体験の聞き取りや学習の機会を設けていますが、市内で統一した教材とはなっていません。戦争を体験した高齢者たちが、毎年学校に呼ばれ、平和学習として講和をしていますが、それもいつまで続くかわかりません。過去に編纂した資料などをデータ化し、冊子として教材にすればいいのにとも感じたところです。

 式では、献花もさせていただきましたが、追悼式が儀式で終わるのではなく、平和学習の一環となればとも思いました。
by owase874 | 2011-06-06 21:40 | 公益行事への出席

第7回長茂会地域交流運動会

 娘を土曜保育にあずけたあとに駆けつけました。

 長茂会の職員は、約140名近くと聞きましたが、今日も多くの職員が参加されていました。いつも感心するのは、この職員たちのおもてなしの精神で、参加された市民への気配りは、見ていて気持ちがいいものです。企業が大所帯になると(長茂会は社会福祉法人ですが)、こういったところが疎かになるとも耳にするなかで、さすが社会福祉を率先する組織であると感じました。

 私は人に会う先約があったので、イベントの途中で中座することになりましたが、私が市民の立場で活動している東日本大震災への支援で、長茂会の職員にお世話になったお礼をさせていただきました。詳しくは、私の市民ブログでも記載していますが、岩手県下閉伊郡山田町の災害ボランティアセンターへの先遣隊として、三重県の代表で10日間ほど活動をしていただいたからでした。過酷な状況下のなかで、まさに不眠不休の活動をしていただきました。

 社会福祉法人が、東日本大震災の後方支援をする体制は、この地域の防災を考えていく上でも重要だと考えています。今回の震災では、多くの介護施設なども被災して、多くの犠牲者を出しています。また、直接的な被災はしていないけれども、影響をまともに受けた施設などが、大変な苦労を強いられています。十分に、この地域でも可能性あることだと感じています。

 こういった話を、もっとすべきであったと自己反省しています。
by owase874 | 2011-05-29 00:37 | 公益行事への出席

西田厚聰東芝取締役会長の講演会を聴く

 3日の夜、県立熊野古道センターで講演会がありました。

 一番後ろのベンチに座って聴きましたが、よく耳にする経済や環境の話題を、わかりやすく説明していく形で講演されていました。私は、気になる言葉をTwitterでリアルタイムに更新しながら、90分の時間を過ごしました。気になった言葉としては、多様性社会、グローバル化、TTP、ダボス会議、新興国との関係性、日本のデフレ社会、日本観光協会、観光戦略などでした。
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 西田氏の講演は、言葉が自然に溢れてくるように語っていくので、テンポよく進んでいきました。何よりも着目したのは、数字をよく覚えていることで、統計データの話をされるときの数字の正確さには驚きました。やはり、大企業のトップに立った人は、日本を背負っているという風格がありました。あと、かなりリラックスして話されていた印象を持ちました。

 印象に残る話題もありましたが、尾鷲市にとって反映されるべきことは、井戸の外は世界と繋がっているということだと感じました。これは、多様性やグローバル化に繋がっていく話になるのでしょうが、井戸の中の居心地のよさを大事にしながら、外の世界を高いところから見る視点だとも感じました。高い位置から見れば、井戸の大きさや周りの世界も見渡せるようになります。

 これができるかどうかが、地方の生き残りだと考えています。
by owase874 | 2011-02-06 00:14 | 公益行事への出席

第53回尾鷲市成人式

 9日が、尾鷲市の成人式でした。

 毎年のように、成人式に参列させていただいています。数年前からは、予算の減額もあって、議員への記念品は取りやめになりました。これは当たり前だし、最初からいらないと感じていました。あと、今でも継続していますが、議員が前列に座るのも抵抗感があります。この日は、成人した本人はもとより、それまでとこれからを支えていく家族や親族の記念行事です。ぜひ、そういった人たちが、(成人式を迎える子どもたちから)来賓される立場であってほしいです。あくまで議員は、影ながら応援支援する立場だと思います。

 さて、今回の成人式は、5分ほどの遅れで開始されました。それまでは、会場内のざわつきが収まらず、会場の外では、時間ギリギリまで、数人の成人たちが雑談をしていました。定刻ではじまらないところに、あとから言葉として出てきた「責任と自覚」の揺らぎを感じました。それでも、尾鷲市の成人式は、実行委員会を同じ成人で構成していることもあり、滞りなく執り行われます。騒いでいた成人も、なんとなく落ち着くものです。「それでこそ大人」だと感じます。

 趣向を凝らした内容も光っており、歴代の恩師による生の祝辞(1分スピーチ)は、聞いていて心温まるものがありました。教師の醍醐味を感じるとともに、苦労する毎日の積み重ねを想像しました。いままでのビデオレターも悪くはありませんでしたが、本人登場は何よりも効果がありそうです。

 この日の成人式には、180名ほどの新成人の参加があったと聞きました。ほとんどが、尾鷲市以外で生活をしているようで、「地元にいつかは帰りたい」と考えている成人もいるようです。もちろん、地元就職し、朝早くから仕事をしている新成人も見かけます。すでに、第1子がいる新成人もいました。180名の新成人の全てとは言わないまでも、帰りたいときに帰ってこれるまちを残しておくことが、我われの使命であると強く感じました。また、いま尾鷲にいる人材を流出させないアイディアも必要だと考えています。

 新成人の皆さま、おめでとうございます!
by owase874 | 2011-01-11 13:37 | 公益行事への出席

出初式と消防団の必要性

 4日に出初式がありました。

 改修したばかりの市営グランドが使えないので、市体育館での開催となりました。毎年、この日は寒さに震えながら見守るのですが、同じくらいに体育館も底冷えしました。消防団の制服は、動き易いように薄い生地なので、動いていないと寒いだろうなどと考えていました。

 式には、92名の消防団員と、23名の消防署員の合わせて115人が参加していました。私が議員になってから、毎年同じような参加状況なので、これだけの参加を維持する大変さも考えていました。出初式を見ていると、規律を重んじる姿勢や動作が多いので、普段には見られない凛とした空気が流れていきます。

 また、毎年資料もいただきますが、昨年の火災統計を見てみると、出場件数が5件と、一昨年の10件を大きく下回り、平成18年からみても過去最低となっていました。建物の火災が2件と少なかったようですが、地域の消防団の活動の賜物でもあります。

 同じく、救急統計を見ると、出場件数が959件と、昨年よりも14件減少していました。これも、平成18年からみても過去最低です。搬送の内訳を見ると、全体的に減少しているなかでも、一般負傷(171件プラス14件)、運動競技(3件プラス2件)、転院搬送(102件プラス22件)、医師搬送(1件プラス1件)、その他(5件プラス5件)と、昨年よりも増加しているものもありました。

 火災や救急搬送が減少することは、まちとってはすばらしいことに違いありません。しかし、日々を「その時」に合わせて緊張を続けている消防署員や、地域で何かあれば体制をとる消防団員には、「そのときを待つ」という精神的な疲労も感じずにはいられません。そんために、日々鍛錬と訓練をしていることにも納得がいきます。だからこそ、尾鷲消防署の施設環境などの改善は、積極的に考慮してやってほしいといつも考えています。現地を見学したことがありますが、耐震されていないばかりか、待機室(仮眠室)などの状況も、過酷さを感じずにはいられませんでした。
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 式の終了後は、消防自動車による港までのパレードでした。最後まで見送りながら、消防署のことを考え、地域で支える消防団員の必要性を感じたところです。
by owase874 | 2011-01-07 00:56 | 公益行事への出席

試験艦くりはまの見学と、三木里海水浴場の海開きに参加する

 6月23日の話題ですが、海上自衛隊の試験艦くりはまが入港していました。

 あいにくの雨模様でしたが、雨が上がったのを見計らって見学してきました。
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 くりはまは、1980年に就航した海上自衛隊初の試験艦であり、同型艦のない唯一の試験艦になります。特殊な装備と装置が設置されており、こじんまりとしたなかにも、機械・機器の装備が満載でした。
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 午前中は、雨が降りしきっていたので、見学者の出足は鈍かったようです。しかし、私が行ったときには、たくさんの親子連れが見学に来ていました。どこかしらか、カレーの香りが漂っていた気がしました。

 今週初めの日曜日は、三木里海水浴場の海開きでした。
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 議員になってから、毎年参加をしていますが、雨だった記憶がありません。しかも、今年は非常に蒸し暑く、神事の間は、ひたすら耐えていた感じになりました。
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 神事のあとは、綱引き大会が開催され、突然のオファーで参加しました。スラックスが砂まみれになりましたが、久々に体を動かしました。また、熊野鬼城太鼓や、踊りのアトラクションに続き、もちほりもありました。
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 さすがに、このときばかりは、人だかりができましたが、親子連れや、子どもの多いイベントでした。また、三木里の住民が参加する、アットホームな海開きでした。
by owase874 | 2010-07-05 02:27 | 公益行事への出席

尾鷲市戦没者追悼式とアジアの情勢

 戦没者追悼式に列席しました。

 市議会議員になってから、毎年のように参列していますが、年を追うごとに参加者が減少している気がします。戦後65年が経過し、戦争体験者の高齢化が進んでいる実感です。会場には、子や孫の世代が大半となっています。追悼式の意義は理解していますが、開催の方式などで、近いうちに議論をしていく必要性も感じたところです。

 私も、父方の祖父が満州で終戦を向かえ、ソ連軍によってシベリアへ抑留された過去をもっています。祖父が残した手記に、玉音放送の内容が走り書きされたメモが残されています。メモからは、その虚しさや悔しさを想像するしかありませんが、戦争を身近に感じる遺品には違いありません。また、尾鷲での戦争体験も、近いうちに開催されるイベントでより知ったところなので、風化されつつある事実をどう残していくかだとも感じます。

 関連する話題として、今月の19日(土)には、県立熊野古道センター映像ホールで、ドキュメンタリー映画『二重被爆』上映会と、尾鷲でも戦争があったと題した講演会が開催されます。事務局として、私も関わっていますが、上映会だけでなく、尾鷲にもあった戦争体験を、ぜひとも聞いていただきたいです。また、当日販売する記録冊子は、尾鷲での戦争体験を記録した資料になるので、ぜひともチケットを購入して足を運んでいただきたいです。詳しくは、下記のサイトをご参照下さい。

■「二重被爆」上映会と「尾鷲にも戦争があった」講演会
 http://crepm.exblog.jp/14501924/

 戦争を知らない私たちが出来ることは、知っている人の言葉を伝えていくことです。言葉を集め、記憶と記録に残し、後生に残すことが、私たちの使命だと感じています。日本においても、沖縄県におけるアメリカ軍の基地問題で、政権が大きく揺らぎました。日米同盟があるにせよ、わが国に外国の軍隊が駐留していることは、沖縄県民にとっても積年の思いがあるはずです。沖縄県においては、いまなお太平洋戦争が終結していない、戦後がない状態ではないでしょうか?

 アジア全体に目を向けても、魚雷攻撃によるとされる、大韓民国と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の対立は深まるばかりです。中華人民共和国においても、チベットなどでの民族紛争はおさまっていませんし、航海上とはいえ、太平洋上における中国軍艦船も不気味に感じます。世界平和を誰しもが望んでいながら、国家間の駆け引きで苦しめられるのは、立場の弱いそれぞれの国民ばかりです。世界では、宗教の違いによる紛争やテロが相次ぐなか、アジアにおいてはその懸念はそれほどではないだけに、アジアが平穏でなければ、世界情勢のリードはなし得ないと感じています。

 太平洋戦争で散った諸先輩方の慰霊のためにも、私たちがすべきことは、同じ過ちを繰り返すのではなく、後生に安泰を維持し続けることだと感じています。それには、国家内の行動だけでなく、アジアをはじめとする世界情勢への積極的な介入ではないでしょうか?

 間違いなく、日本がリードすべき課題です。
by owase874 | 2010-06-06 16:36 | 公益行事への出席

DONET陸上局開所式に列席する

 先だっての日曜日に、古江町まで行ってました。

 元古江小学校の講堂跡地で、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)が、文部科学省の委託事業で運用する、「地震・津波観測監視システム(DONET)」陸上局の開所式があったからです。
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コミュニティセンターのような概観


 JAMSTECといえば、一時は現政権の事業仕分けでも取りざたされましたが、科学技術の分野で最先端を求めるのは、国家への信頼にも繋がることだと感じています。私も、理科系の工学系なので、ひいき目はあるのですが、これは地方自治体でまかなえることではなく、国の威信をかけてやるものだと信じています。なので、科学技術の分野で遅れがでると、もとより自然資源がないわが国の優位性が危うくなる懸念をしています。
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節のない板壁


 贅沢といえばそれまでですが、地元産材をPRしてもらう意味では、これだけの白木は立派です。研究施設に分類される陸上局ですが、コミュニティセンターのように感じるのは、ふんだんに木を使っていることと、立地的にも、周辺の景観にマッチングしているためだと直感できます。それだけに、研究施設に留まらない、今後の活用にも期待するところは大きいです。
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テープカット


 DONET陸上局の概要は、まず、熊野灘沖の海底約2,065m~最大4,340mに、地震計や津波計などの観測点を20箇所設置します。その観測点から得られるデータを、陸上局に設置されたコンピュータシステムで、リアルタイムにJAMSTECや関係機関に発信します。これにより、海底地震や津波の発生メカニズムが解明されるだけでなく、津波への早期対応も期待することができるようになります。
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中央のTV画面が観測データ


 開所式には、地元関係者はもとより、担当副大臣の姿もあり、この事業が国家プロジェクトであることを痛感したところです。また、内覧会では、これに先駆けて、海底2,065mに構築された観測点からのデータが表示されていましたが、今年度末までには、全20箇所の観測点が設置されるようです。深海に観測点を設置することについては、無人探査機「ハイパードルフィン」を使っている説明も受けました。
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金子PLによる説明


 防災の観点においては、この観測データから期待されることは、地震波で最大8秒程度、津波で最大5分程度早く検知することが可能とのことでした。津波の5分というのは、熊野灘沖の地震による津波を想定しても、かなり有効な情報発信に繋がります。5分早ければ、それだけ高台に避難する時間稼ぎができます。何においても、津波からは逃げるのが一番です。
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国道311号より見上げる


 施設の概観には申し分なく、試験運用から本格運用までの道のりは見えてきましたが、当日展示会場となっていたスペースの有効利用については、今後の課題でもあるそうです。確かに、人がいなくなればただのスペースでしかないので、地域や周辺施設の連携も含めた利活用が必須だと感じたところです。
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ここ場所の有効利用は課題




◆参考
 今回、「人間はどこまで潜れるのか?」に興味を持ちました。調べてみると、潜水の歴史は、宇宙にいくのと変わりのない、飽くなき挑戦だとわかりました。また、日本は、潜水士(潜水夫)の歴史も古く、身近なところでは、港湾工事の従事者に、潜水士が欠かせません。また、海上自衛隊や海上保安庁にも、多数の潜水士資格の保有者がいるようです。

■飽和潜水の記録
 534m(実海面での世界記録、フランス1988年)
 450m(実海面における日本記録、2008年)
 701m(実験施設における世界記録、フランス1992年)
※どれも、その国の軍隊(日本は海上自衛隊)の記録です

■素もぐりの世界記録
 214m(1997年)
※ハーバート・ニッチ(オーストリア)の記録

■送気式潜水
 50mから最大100m

■スクーバダイビング
 最大100m程度

・番外
■潜航深度の世界記録
 6,527m(日本1989年)
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しんかい6500


 いわずと知れた、しんかい6500(JAMSTEC所有)のことですが、この有人潜水調査船に登場した芸能人には、2006年8月の緒形拳(南西諸島 鳩間海丘 水深1,525m)、2009年8月の中川翔子(岩手県三陸沖 日本海溝 水深5,200m)がいました。そのどちらも、私はTVで見ましたが、しょこたんの豊富な知識には驚きました。人類にとっては、宇宙にはいつかはいけるだろうと想像できますが(私は無理ですが)、深海にはそうそういけるものでもないので、本当に貴重な体験だったに違いありません。
by owase874 | 2010-04-27 17:31 | 公益行事への出席

九鬼小学校の歴史に幕

 九鬼小学校の閉校式に列席しました。

 当日は、青空と満開に近いサクラが印象的でした。
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 創立135年ということで、明治7年の開校は、この地域ではもっとも早いものでした。それは、九鬼地区の教育水準の高さの証明でもあります。その歴史ある小学校も、現在は6名の生徒数となり、幕を閉じることになりました。直江校長先生が、興味深い話をされており、「県内414ある小学校のうち、今年度は8校が閉校した。」、「全国では過去10年に2千あまりが閉校している。」の事実は、日本という国の衰退に繋がるのではと感じたところです。

 九鬼小学校関係者のほか、40名あまりの列席者と、一般住民の参加ではじまった閉校式では、在校生のハキハキとした返事や、大人顔負けのしっかりした話し方に、終始驚きと感動がありました。小規模校のよさが発揮されていましたが、ここまで在校生が減少していくと、学校として成立しがたいのも事実です。
 大正の終わりから、昭和の中期までが、九鬼小学校の最盛期だったことが、いただいた記念誌をみてわかりました。多いときには、400人を越える生徒数を誇り、まさに九鬼をつくった根幹となる鰤敷の最盛期と重なります。しかし、そのときの誇りは、今の九鬼にも受け継がれてきており、大小の祭りもしっかりと根付いています。

 私は九鬼に住む住民ではありませんが、九鬼のまちに凝縮された昭和の雰囲気が好きです。週末のみ楽しめるカフェがあり、伝統的な和菓子が買え、よい香りのカツオの削り節は、食卓で切らしたことがありません。この雰囲気は、まちづくりや集客などでその場限りの支援をするのではなく、そっと協力していくことが大切だとも感じています。それだけでは、問題課題の解決にはなりませんが、私が楽しみにしているこれらの居場所は、地域住民自らがやっていることに着目するべきです。
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 九鬼小学校は閉校しましたが、このまちの魅力は、このまちに住んでいる人たちで、今後をどうしていくのかを考えるしかありません。その協力支援は、議員としても市民としても惜しみませんので、小学校や中学校の地域利用なども、率先して考えていって欲しいものです。
by owase874 | 2010-03-27 13:01 | 公益行事への出席

尾鷲小学校の卒業式に列席する

 第63回を数える尾鷲小学校の卒業式に出席しました。

 99名の卒業生のなかには、カフェがある商店街通りで見かけた顔ぶれも多く、私が尾鷲に来たときから、何かしらの場面で声をかけ、言葉を交わし、ときにはカフェも利用していただきました。ヤーヤ祭りでも一緒の卒業生もいて、ついついわが子と重ねてしまいました。これは、今までになかったことなので、父親であることを実感したところです。

 当日は、凛とした卒業式らしい空気に包まれていて、卒業生のハキハキとした返事が心地よかったです。式次第にある、最後の別れのときは、在校生も卒業生も掛け合いのように言葉を重ねていくので、とても気持ちの入る場面でした。卒業生が大人っぽく見えるのは、それぞれに「自覚」が生まれてくるのだと実感します。

 ところで、私は卒業生ではありませんが、尾鷲小学校の校歌が好きです。「さわやかな空気みなぎる 尾鷲、尾鷲、尾鷲小学校…」のメロディに変則的な場面があり、校庭の片隅から学校を見ているような雰囲気を感じます。隣にいた三林議員からは、「昔と雰囲気が違うなあ。」とのことだったので、歌い継がれながらも、今の形になっているのかなと感じました。

 ほぼ全ての卒業生が、尾鷲中学校に進学すると思いますが、ときには、卒業式のあの場面を思い起こして欲しいですね。おそらく、若くして感じることができる、初めての「初心」だと思うのです。

 「ご卒業おめでとうございます。」
by owase874 | 2010-03-20 03:15 | 公益行事への出席


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

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ご挨拶とブログの概要

当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

ときには辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。

質問や批評など、ご意見がございましたら、下記宛にお願いします。何かしらの方法で、きちんと対応させていただきます。ただし、ブログのコメントには、できる限り返答をいたしますが、端無自身の裁量になることをお許し下さい。

◆ブログ管理者
 未来874事務室
 熊野市飛鳥町佐渡462番地
 0597-84-1033
 kurage874@cream.plala.or.jp 

なお、たくさんの意見や考えをお聞かせ願いたいので、直接にお会いすることも可能です。日程調整などしますので、その旨をお伝え下さい。

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