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ごみ問題の解決は、自治体の必須課題

 3日目最終日の視察先は、兵庫県川西市でした。

 前日は、たつの市から移動し、宝塚に宿泊しましたが、このまちのかわりようには驚きました。阪神・淡路大震災直後に、三田市経由で東灘区に入ったたことがあって、そのときの宝塚周辺も瓦礫のまちでした。あれから随分と経ちますが、高層マンションが山肌にへばりつくように建っていて、すっかりベッドタウンの様相でした。

 その宝塚の隣に位置する川西市は、兵庫県川辺郡猪名川町、大阪府能勢町、大阪府豊野町と隣接しており、この1市3町の自治体が、猪名川上流広域ごみ処理施設組合を設立し、「国崎クリーンセンター」を管理運営しています(運営は指定管理)。他府県にまたがる広域のごみ処理施設は、尾鷲にとっても課題のひとつであるだけに、興味深く調査をしました。
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外観はハコモノ的


 まず、立地場所で興味を持ったのは、施設の場所が山奥であることです。といっても、川西市から能勢町に抜ける県道沿いの一庫ダム上流にあるのですが、あたりは360度雑木の山に囲まれています。そばには、田尻川という猪名川上流が流れており、この名称をとって組合を設立しています。
 これだけの自然豊富な場所に、イメージ的には「ごみ=汚い=環境破壊」とみてしまう処理施設の建設は、予想通り環境団体の反対運動なども起こったそうです。しかし、日本で1・2を誇る排ガス基準をクリアした施設と、環境学習が実体験できる啓発施設を併設することで、ごみ処理施設の負のイメージを逆手に取った取り組みをしています。
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ビオトープもあった


 この施設が求められるようになった経緯は、当時の記憶に新しい、能勢町のごみ焼却施設における高濃度ダイオキシンの検知が明るみに出たことでした。あの時は、健康被害の懸念や、野菜農家の風評被害も起こり、施設は使用停止にまでなりました。
 そのときに、隣接する川西市の焼却施設も老朽化し、更新を控えている近隣自治体の施設もあったことから、1市3町による施設ができたのですが、川西市が音頭をとる形で組合ができたそうです。
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 約20億円をかけて、今年の3月に竣工した施設なので、実際にごみの処理を始めて半年が経過したところでした。そのため、ちょうど定期点検の最中であり、焼却炉は停止しておりました。施設は、見学できるようになっており、案内係の説明を受けながら、施設を見てまわりました。
 構想から10年が経過し、ようやく稼動にまでこぎつけた施設だけに、ごみ問題の深刻さがうかがえました。人里にあれば、人体への影響を懸念し、人里離れれば、自然環境の悪化を懸念すると言った具合なので、そのバランスをとる苦労は計り知れません。
 それでも、必要に駆られてできた施設なので、指定管理者や委託主である組合側の意気込みも並々ならぬものを感じました。とくに啓発施設では、さまざまなエコイベントが企画されており、ネタも豊富に用意されておりました。周りの自然環境にも配慮されているので、環境を学べる場所にもなっています。
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火格子


 次に気なったことは、火格子の形状や耐久性の問題です。火格子は、「グレートバー」とも呼ばれ、焼却炉の下で、ごみを攪拌する機能を持っています。適度に動くことで、新鮮な空気を送り込み、燃焼効率を高める働きがあります。このグレートバーは、尾鷲市のクリンクルセンターでの使用されていますが、角ばった形状が異なり、こちらの方がいかにも堅牢的でした。

 さらに、尾鷲市のグレートバーは、なぜかよく劣化するので、その都度多額の修繕費が計上されています。この解消をするために、広域によるごみ処理施設が急務となっているのですが、明快な検討結果が示されてはおりません。音頭とりの市長などがいないことが影響しているとも感じています。
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 ごみ処理の問題は、今や自治体の懸案事項のひとつになっています。焼却炉の性能が向上し、再分別しなくとも燃やせるごみが増えてきたこともあり、日本におけるこの手の課題は、環境的には大きくクリアをしています。だからこそ、1日でも早い導入を検討することは、今ある施設の弊害をなくす意味でも、しっかりと議論する場を設定して欲しいものです。

 私が想像するこの地域のごみ処理施設は、目に見える場所にあることです。現状のクチスボダム上流域の施設は、そこで何をやっているのかさえも相互理解できておりません。また、パッカーの移動距離も長くなるので、その分、職員が移動に費やす時間が長くなります。やがては高規格道路が、熊野や紀伊長島とも繋がるので、広域化も想定範囲になってきます。だからこそ、中心域の尾鷲市のあの場所に、ごみ処理施設を想定してしまいます。
 あの場所は、敷地面積が広いだけに、温水プールなどの熱源を利用した施設も考えられるし、漁協施設としても新設ができれば、より大型漁船の入港も可能になります。毎月開催している尾鷲イタダキ市などのように、定期的なイベント施設も併設すれば、新たな集客交流施設にもなるはずです(尾鷲イタダキ市の年間総売上は6千万円を超えています!)。しかも、それが地域振興ゾーンである県立熊野古道センターや、夢古道おわせにも近いときています。
 妄想に近い想像ですが、このくらいの手腕を発揮しなければ、尾鷲の魅力を後世に受け継いでいくことができないのかも知れません。あの場所については、負の遺産のように言う人もいるし、廃墟になることを想像する人もいます。しかし、あの場所があるからこそ、尾鷲市は今の繁栄を築いてこれました。逆手に取る手法で、あの場所の利活用を議論してもよい次期にきていると考えています。

 国崎クリーンセンターでは、対応していただいた職員が、それまでの苦労や反対運動などの経緯も、包み隠さずにお話くださいました。確かに、1市3町でスムーズにいく方がありえない話なので、そうした議論を尽くした結果が、いまの施設になったと感じました。そのためには、反対運動や環境保護運動の意義もあったはずです。

 今回の視察先は、人口規模の比較では、尾鷲市にとっては無理が大きい内容でしたが、よりコンパクトに考えることができる内容でもありました。この視察調査で得た結果を熟慮し、今後の市政運営の提案や提言につなげていければと考えております。
by owase874 | 2009-10-29 17:46 |  

認定子ども園の可能性をさぐる

 2日目、2箇所目の視察先は、たつの市(人口8万2千人余り)にある認定子ども園「まあや学園」でした。

 この「まあや」とは、お釈迦様のお母様の名前「マーヤ(摩耶)」からきているそうで、ここが私立の仏教系施設を意味しています。ということは、公立以上の苦労をしているのはもちろんのこと、設置者の並々ならぬ行動力を察するところです。また、認定子ども園とは、保護者が働いている、いないに関係なく、0歳~5歳までの就学前の子供なら誰でも入ることができ、幼児教育と保育を一体的に提供する幼保連携型の幼稚園・保育園です。
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 認定子ども園は、兵庫県には19施設あります(公立は4軒)。このうちのまあや学園は、120人の園児が在籍し、通勤の都合もあって、最大で40分の通学をしているそうです。この日も、0歳児から5歳児まで、保育士12名
、幼稚園教諭6名、非常勤講師4名の職員で対応しておりました。
 幼稚園と保育所とでは、管轄する行政が異なり、幼稚園は文部科学省、保育士は厚生労働省になります。この垣根を越えて、認定子ども園は広がりつつあるのですが、求めるニーズが明らかであるのならば、2つの行政機関で対応しなくとも、事務局を一本化するほうが早い気がします。これもまた、国の施策につながることです。
 まあや学園では、私立ならではのアイディアも多く、地元密着型に重きをおいたシステム作りがされていました。その努力の結晶は、増設、増設の施設を見ても実感するし、周りの土地買収や造成も、オセロのように継ぎはぎと苦労していました。
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 しかし、これは恥ずべきことではなく、地元や行政の理解が浸透するからこその結果であり、公立よりも低所得で働く職員の気概が証明しています。また、ここに、行政の支援や施策を必要としている気がします。

 尾鷲市においても、認定子ども園については、議会でも話題になります。現状では、保育園は尾鷲民生事業協会に業務を委託しています(保育園は7ヶ所)。一方、幼稚園(市立は3ヶ所)は、尾鷲市教育委員会の管轄なので、認定こども園の可能性は、この両者の関係性にかかってきます(無認可が1ヶ所あります)。
 必要性やニーズの調査は、数値的なものとして示されておりませんが、今後の方向性を考えていくにあたり、検討する余地がある話題です。職員においても、保育士や幼稚園教諭など、少ない人材を拡散するよりは、より多くの職員で子どもを受け持つ方がベターだと感じます。

 地域密着型といえば、尾鷲市にもそれぞれの地域の特色があり、その結果が学校教育施設の分散につながっています。人口や子どもの数が多い時代は、それ相当の意味や意義がありましたが、過疎化や少子化が深刻化した現在では、効率的にも、教育的にも、細分化された地域密着の限界にきている感じです。入り江ごとの特色を活かすことは、教育施策として構築すれば学習できるはずなので、尾鷲市の教育環境を、トータルコーディネートで考えていく必要性を感じたところです。
by owase874 | 2009-10-29 13:09 | 教育とまちづくり

公立宍粟総合病院の苦労と現実

 2日目の視察先は、兵庫県宍粟市でした。

 前日の夕方に宍粟市入りしましたが、このまちは、平成17年4月に4つの町が合併してできた、人口4万3千人余りの市です。その中心となっている山崎町に滞在し、その晩に市内を散策しました。
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商店街通り


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八幡神社


 いただいたパンフレットを見ても、寺社が多く、史跡や自然が観光資源といったところです。歴史的にも、奈良時代の播磨国風土記に記載があるなど、奥ゆかしいまちになります。しかし、人口は4万人を超え、合併によってできた宍粟市役所は、免震構造の立派な5階建てでした。 
 そこに位置する、公立宍粟総合病院は、2007年1月に、「日本医療機能評価機構」病院機能評価Ver.5.0の認定を受けた病院施設になります(くわしくはこちら)。
 この認定は、病院施設におけるフューエルセーフであり、「連続的な安全性とケアの質を、国民の医療および関連サービスを通じて提供されるサービスの改善について、医療機関のサポート能力を改善する」ための第三者機構の認定制度になります。
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その認定書


 今回の視察は、この認定制度を取得するに至った点や、病院経営の効率化のために、電子カルテや医用画像配信システムの導入をした経緯の調査でした。山﨑院長や病院事務長のひたむきな努力の話を聞きましたが、この病院でも、医師不足や看護師の確保などに頭を悩ませていました。また、外来や入院の患者数も減少しており、「経営は順風満帆ではない。」との言葉が切実でした。
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前方右の白衣が院長


 このことからも、公立宍粟総合病院は、現状でできる限りの経営努力をしていました。院長の手腕もそうですが、何よりも病院事務長の企業を管理運営する者としての覚悟にも感服したところです。ここまで改革や開拓をやっているのに、慢性的な経営難が襲ってくる現実は、もはや地方自治体ではまかないきれない、国の施策の失敗としか言いようがありません。

 一方、尾鷲総合病院では、毎年多額の赤字を計上し、同じような苦悩をしています。しかし、電子カルテも医用画像配信システムもなく、職員のタイムカードすら導入されておりません。なんの努力もしていないとは言いませんが、「まだできる」余地は多分にあるように感じたところです。
 毎年のように赤字が計上され、市からの補填を認めている私たち議会にも責任は大きいのですが、まずは病院側の経営努力も必要で、それをしなければならない現実があります。個人的には、尾鷲市にはなくてはならない病院であるためには、 救急患者の受け入れ態勢と対応の充実化を図ることと、経営の効率化が頭に浮かびますが、せめてホームページくらいは充実するか、更新できないのであれば、もう少し簡素のままにしておいたほうがよい気がします(尾鷲総合病院の公式サイトはここ)。ちなみに、非公式サイトもあってさらにわかり難いです(ここ)。
by owase874 | 2009-10-29 11:46 | 福祉とまちづくり

大阪府西大阪治水事務所「津波・高潮ステーション」の市民目線

 10月21日から23日にかけて、生活文教常任委員会の管外行政視察に行ってきました。

 この視察は、政務調査費による会派や個人的な視察とは違い、常任委員会による行政視察になります。大きな違いは、政務調査視察の場合は、自分自身で視察の手配や経費の計算、復命書による報告をやりますが、委員会視察の場合は、あらかじめ視察先などの要望を聞いた上で、議会事務局が視察の手配や計画などをしていただく点です。
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 初日は、大阪府西大阪治水事務所の「津波・高潮ステーション」を見学しました。
 内容的には、防災・減災の施設なので、総務産業常任委員会の管轄にはなりますが、防災・減災教育には欠かせない施設だと感じました。
 自分の住んでいるまちの状態を、写真パネルや立体的な映像などで事細かに説明している施設だったので、子どもたちには視覚的にわかりよいと思います。ぜひ、大阪へ修学旅行にいく学校があれば、見学先に組み入れることをお勧めします。その際は、阿倍野区にできた「大阪市立安部防災センター」も一緒がいいでしょう。
 この2つの施設では、大阪が海を埋め立てられてできたまちで、高潮被害に悩まされながら、地震による液状化や津波にも対応しなくてはならない現状が、ものすごくリアルに立体視できる点が評価できます。確かに、お金のかかった豪華な施設ですが、同じやるならと、子ども向けに興味を引きそうな仕上がり具合です。とくに、見学した津波・高潮ステーションは、調度品や壁面画に至るまで、考えてデザインされていました。
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 尾鷲小学校では、鶴橋のコリアンタウンなどへの修学旅行を企画していた記憶があるので、もうひとつの大阪を知るよい機会になると感じます。コリアンタウンの見学や体験を企画するアイディアに賛同しているので、これは、どちらも尾鷲のまちを考えていくきっかけになります。

 このあと、バスは兵庫県宍粟市に向かいました。
by owase874 | 2009-10-29 10:55 | 防災とまちづくり

全国災害ボランティア議員連盟が設立されました

 2日目の日程は、全国災害ボランティア議員連盟の設立総会でした。
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 長岡グランドホテルで開催された総会には、163名の会員希望者のうち、全国から44名の議員が参加していました。三重県からの参加は、私だけだったので、(また希望者もいないことから)議員における災害ボランティアの認知度は低いといっていいのかも知れません。しかし、設立されたばかりなので、これからこの議連が及ぼす影響は、かなり期待するところです。

 まず、設立総会成立の確認がされたあと、審議事項として、第1号議案から第6号議案までを審査しました。理事会役員には、民主党の村井宗明衆議院議員や、新潟県のNPO法人まちづくり学校の運営委員をやっている田上町議会の池井豊議員、Vネットぎふの理事長である岐阜県議会議員の川上哲也議員など、市民活動や防災にも精通した議員が承認されました。また、内閣府で、災害予防・広報・国際防災推進担当の田尻直人参事官もおり、「三重県南部は、津波被害が心配されていますね。今後の情報共有をお願いします。」と話し合いました。

 この議連の特徴は、災害の発生後、外部からの災害ボランティアなどの流入がしやすいように、全国のボランティアネットと情報共有しながら、議連に加盟した議員がカウンターパートとなり、被災した自治体の受け入れ態勢をとるなどの中間支援ができる点です。災害が発生して、すぐに復興が始まるのですが、災害ボランティアがそのひとつを担うのは周知のことです。しかし、自治体によっては、「混乱をきたす」、「体制が無い」などの理由で、災害ボランティアが入り込めずに、復興が遅れる原因もつくってしまいます。

 この議連のおかげで、もしも私が災害ボランティアとして、被災地に入るようなことがあれば、その自治体の会員議員に連絡を取り、災害救援のネットワークが活かされるような誘い水をしていただくことが可能となります。今までは、少ない人脈を頼りながら現地に入ることができても、理解が不足している行政や議員が、外部のボランティアを反対することもあったので、少しでも解消される道筋ができたことは大きいです。

 これは、その後の鼎談に出席された、泉田裕彦新潟県知事や、久住時男見附市長などからも、「被災地にとって、議連の役割に期待することは大きい。」との意見をいただきました。この意見が、新潟県だけでしか通用することがないように、私たち地方議員が相互の理解を深めていくことも必要だと感じました。

 設立記念の鼎談には、新潟県知事や見附市長のほかにも、中越大震災後に、泉田知事の要請もあって、人と防災未来センターの専任研究員から新潟大学に迎え入れられた福留邦洋特任准教授の3人が出席していました。また、この鼎談のコーディネーターは、岐阜県議会の川上哲也議員でした。

 泉田知事については、昨日のパネルディスカッションでも知るところですが、久住見附市長においては、5年前の全国的な豪雨災害を教訓にしようと始まった「水害サミット」の仕掛け人でもあります。このサミットは、被災翌年の平成17年から始まり、今年で5回目を開催しました。災害対応に素人の市長が、そのときにできたこととできなかったことを、包み隠さずに共有することで、住民の命を第1に守ることを全国的に共有しようと始まっています。

 ぜひ、水害サミットの公式サイトには、読んで欲しい情報がまとめられているので、目を通しておいてください。特に、避難勧告については、その発表時期については、賛否の意見が出る事例です。これは、尾鷲市においても同じで、過去には、避難準備情報を流さずに、いきなり避難勧告を深夜に発表したこともあります。また、先ごろの台風18号の際には、避難準備情報が早くに発表されましたが、避難勧告が深夜になったことで、一部メディアに指摘を受けたこともあります。確かに、避難準備情報から避難勧告までの時間の幅が長く、結果的に深夜になったことは、指摘を受けても仕方がないように感じます。一人でも、住民が「遅い」と感じるならば、それは「生命の危機」を考えなければならない事態です。

 久住見附市長も答えていましたが、「早すぎることで、非難を受けるのはいい。しかし、遅いことで受けるのはいただけない。」なのです。そのタイミングが、自治体トップに委ねられているだけに、避難準備情報で、市内の避難状況を把握し、雨脚が強くなる前に、避難勧告は出していいとの判断です。
 私の個人的な見解では、尾鷲市の避難勧告は、いつも全市を対象に発表しています。しかし、尾鷲市の地形を考えても、また、旧町内の地理的要因を勘案しても、部分的な発表にした方が効果的だと感じています。そのためには、避難準備情報からの避難体制が、どこまで住民に理解されているかになります。最後は、住民一人一人の判断と決断ですが、これが日ごろの減災意識の向上として求められている点です。

 このほか、災害要援護者の情報公開については、「個人情報保護法」の逸脱した見解が横行しており、「何が何でも出さない」と判断する自治体などもあるようです。また、個人情報保護法を理解しているのは、3分の1くらいではとの意見もありました。災害要援護者については、その情報共有が早いほどに、援護者は援護されやすくなります。それには、自治体内での連携が必須ですが、基本的には災害要援護者の個人情報は、共有していいとの判断です。これは、その情報を災害時には公開していい(関係者になりますが)ことを意味します。それは、情報が共有されていなければ、その要援護者は生命の危機にさらされるからで、どうしても否定をされる人に限っては、「逆手上げ方式」つまりは、まずはリストにあげておいて、本人確認で否定される場合は削除すればいいとの見解です。

 この議連の設立によって、災害要援護者のについて真剣に考えるきっかけづくりにもなります。議員が全国的に連携でき、情報共有できれば、それは市民とって有益なことには違いありません。大げさかもしれませんが、これは国家の公益にも繋がるはずです。今回だけでも、私には多くの災害ボランティアを経験した議員が仲間となりました。そうでない議員からも、「三重県尾鷲市で災害発生したら、端無さん目指して救援にいくからね。」との心強い言葉もいただきました。

 新潟県長岡市は、自家用車と公共交通機関で約7時間もかかる視察先でしたが、この2日間で得た情報は、尾鷲市にとっても有益な情報として還元できます。ぜひ、委員会や一般質問などを通じて、提案的なこともふくめて活かしていきます。
by owase874 | 2009-10-19 21:55 | 防災とまちづくり

新潟県という自治体を防災で考える~その2~

 パネルディスカッション2では、災害時の危機管理を考えるということで、リスクマネジメントを学ぶ機会となりました。
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 ここでは、泉田裕彦新潟県知事が印象的でした。知事は、就任30時間前に、中越大震災を経験し、「就任早々、岐阜県の梶原知事(当時)から、「兵庫の井戸知事に連絡を入れておいたから。」との電話を受け、すぐに井戸知事より電話があり、「職員を送ったから何でも使って。」と、「送る」のではなく「送った」そのスピードに驚いた。しかし、知事室横の部屋を占領していただき、常に情報を交換し、指示を得たことは大きかった。」と話されました。
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 その後も、泉田知事は、5年間で5度の自衛隊要請を経験し、その都度、災害を乗り越えてきました。その性格には、「市民活動を重要視する」点があり、「災害ボランティアの必要性を否定しない」ことにあります。これについては、「外部から来るボランティアが、いいのか悪いのか、自分では判断できなくても、教えてくれる信頼できるネットワークを持っていた」ことにあるそうです。その誰かは、おそらく私も知っている方じゃないかと思いますが、知事の柔軟な対応姿勢が、災害スキルの上達と、リスクマネジメントに長けていると言われる所以です。
 また、泉田知事も、中間支援の必要性と重要性を理解しており、「新潟県の誇れるところは、中間支援組織が充実していることにある。」との言葉でも印象的でした。
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 日本を都市と中山間とで考えると、国土の7割が中山間地域です。阪神・淡路大震災のときは、大半が都市災害であったことから、しばらくは東京都での被災がクローズアップされました。しかし、7割が私たちが住んでいるような地域であることを考えると、中越大震災の教訓は、多くの日本の国土を守ることにも繋がります。

 過去の2つの大震災が、日本の防災技術を高めたことになりますが、特に被災した新潟県と兵庫県は、日本の中でも率先した自治体であるというわけです。確かに、災害を教訓にまちの防災力は高くなりますが、そのどちらにも共通できることは、「そのノウハウは出し惜しみしない」点にあります。

 兵庫県では、人と防災未来センターが設置され、その後の災害と復興に大きな寄与をしてます。そのあたりの様子については、初代センター長となった河田恵昭関西大学教授より説明を受けましたが、「年間12億円の経費がかかっているセンターであるが、それを無駄にしないだけの公益性を持っている。」と話されました。センター職員は、震度6弱の地震が発生すると、自治体の受け入れ態勢の有無に関わらず、現地に派遣されるとのことで、新潟県にも勝手に言ったと笑いを誘いました。しかし、災害のリスクマネジメントを考えるとき、判断と決断は瞬時でなければなりません。

 これは、避難勧告や避難指示の発表時期でも取り上げられることですが、このことについては、のちの見附市長の言葉が印象に残りました。泉田知事においても、「新潟県においてもその温度差は確かにあります。」とのことでした。私は災害ボランティアを長く経験してきた一人でもあることから、判断と決断は早くやってしまう方です。ときには、じっくりと考えることも必要な場合もありますが、命に関わることの決断には、大きな勇気と判断が必要になります。

 日程の都合で、全てのセッションに参加することができませんでしたが、この1日のセッションだけでも大きな収穫になりました。学者ばかりが集うお堅い話しではなかったので、津波被害の心配が懸念されている三重県からの参加はどうだったのかと感じました。
by owase874 | 2009-10-19 20:33 | 防災とまちづくり

新潟県という自治体を防災で考える

 政務調査視察で、新潟県に行ってきました。

 中越大震災から5年が経過し、あのときの教訓を正しく理解し、後世に伝えていくことを目的に、「防災・安全・復興に関する国際シンポジウム」が開催されました。
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 主催した「社団法人中越防災安全推進機構」は、「中越地震での被災と復興の経験を、日本全体で活かしていくことは強靭な国づくりにつながります。「中越防災安全推進機構」は、中越地域の教育、研究機関の集積を生かして、多様な主体(行政、教育・研究機関、企業、個人など)が連携、参画することで、中越地震に関する記録や研究活動を推進・支援するとともに、研究成果を安心・安全な地域づくりや防災安全産業の振興に役立てます。」ことを目的に設立した団体です。
 この組織の中にある、「復興デザインセンター」も、より市民的でユニークですが、ここには防災やまちづくりの仲間がいます。これをみても、新潟県では、5年前の教訓から「防災まちづくり」を考えています。

 また、もうひとつの主催者である「日本災害復興学会」は、「首都直下地震、東海・東南海・南海地震という巨大地震の発生を前にいま、私たちは被災地の体験を共有し、教訓を紡ぎだして制度とし、社会の枠組みを捉えなおす作業を始めなければなりません。それがKOBEの仲間たちが生み出した「被災地責任」なのだと考えます。しかし、ことは容易ではありません。壊れたまちを、ムラを、人生を再建するのです。被災した地域を、打ちのめされた人々を再起させるための制度論、運動論、価値論、そして、なにより具体的な制度設計をするための技術論も必要なのです」ことを目的とした、科学や技術面から防災を考えていく組織になります。
 この学会の特徴としては、いわゆる大学の専門家集団だけでなく、民間からの意見も広く取り入れている点にあります。

 3日間の日程で、名称に沿ったシンポジウムやセッション、エクスカーションが設定されており、このうち基調講演と、2つのパネルディスカッションに参加してきました。会場となったホテルニューオータニ長岡NCホールには、多くの参加者が集っていました。初日の3つのセッションに参加したのは、その内容が尾鷲市でも反映できると考えたからですが、題名は以下の通りになります。

◆基調講演
  「災害が問う地方の持続可能性」
◆パネルディスカッション1
  「被災を契機とした持続可能な地域づくり」
◆パネルディスカッション2
  「その時どう決断したか~災害時の危機管理を考える~」

 基調講演を行った伊藤滋氏は、「災害がひとたび地方の、しかも過疎の地域で発生すれば、それこそ衰退の一途をたどる結果になる。」と話し、防災・復興の人材育成の必要性を訴えておりました。確かに、防災をどれだけやっても、災害は起こり、被災は大なり小なり受けることになります。そのあとの復興は、まちづくりであり、次への防災につながります。防災と復興のスキルが自治体になければ、同じ過ちを繰り返す結果にもなります。
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 また、パネルディスカッション1では、「災害は文化であり、復興は改革である」との意見が出ました。ここで感心したことは、四川大地震の復興計画を立案するなど、中国で活躍する顧林生氏も、台湾集集地震の復興の道筋をつくった台湾の陳亮全氏も、日本において都市計画の中から防災や復興を学んでおり、東アジアにおける日本の実績を実感しました。とくに、近代都市災害を経験した阪神・淡路大震災が、その後の日本の防災を形づくっているのは確かなことです。
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 中越大震災では、山間部の集落が点在被災し、中山間地域の存続が懸念されました。神戸のような都市災害とは違った復興の難しさが予想されていましたが、中間支援組織が立ち上がったことで、問題を解決していく糸口が見つかったと発表されていました。

 官民協働は、いまや当たり前の言葉にはなっていますが、実体が伴っていないのが現状です。中間支援組織の充実こそが、官民の協働を促すのであって、それは行政の仕事ではありません。ここに、新潟県の災害復興を初めとする防災まちづくりの率先性があると感じました。そして、5年前の中越大震災で、新潟県が中山間地域の災害復興の糸口をみつけた点は大きいかったはずです。これには、のちの泉田新潟県知事も話されておりましたが、「神戸からの防災担当職員のノウハウ享受が大きい。」とのことでした。
by owase874 | 2009-10-19 19:51 | 防災とまちづくり

管外への視察を予定しています

 10月から11月にかけて、管外への視察が予定されています。

■主催:個人
■日時:10月16日(金)~17日(土) 現地13時~17時
■場所:1日目は防災・安全・復興に関する国際シンポジウム、2日目は全国災害ボランティア議員連盟の設立総会
■宿泊:長岡市
■内容:1日目は、中越地震から5年の節目で開催されます。2日目の設立総会では、事務局を担当されている細川かをり越前市議会議員は、5年前に被災した海山町にも来ていただいております。

■主催:生活文教常任委員会
■日時:10月21日(水)~23日(金) 8時~17時半
■場所:1日目は西大阪治水事務所、2日目は公立宍粟総合病院認定こども園まあや学園、3日目は国崎クリーンセンター啓発施設
■宿泊:1日目は宍粟市、2日目は宝塚市
■内容:所管の委員会に関係する、病院・教育・環境をテーマにした視察になります。公式サイトを見ても、外部への情報発信が上手です。

 このほか、議会運営委員会の管外視察や、近隣自治体への視察も検討しています。視察では、「現場を見る」という、資料やインターネットだけでは得られない効果があります。
by owase874 | 2009-10-14 14:10 | 議会活動の予定

定例会の日程が全て終了

 今月9日に、第3回定例会が閉会されました。

 全ての提出議案が可決され、決算委員会特別委員会の報告が承認されました。そのあと、追加議案の人事案件が委員会付託されました。

 副市長人事の議案第51号は、総務産業常任委員会で審査されました。人事案件の審査は、人物の審査にも繋がるので、「個人の評価」として捉えられがちですが、尾鷲市としての公人を決める審査です。今後の尾鷲市を担っていく一人を決めるには、それ相当の責任感を感じます。

 副市長人事では、特に大きな問題もなく、全員一致で委員会可決されました。一方、議案第52号、第53号である2名の教育委員会委員の選任については、生活文教常任委員会で審査されました。これには、私も委員として参加をしました。

 このとき、1名の選任について質問をしました。この方は、のちの互選で教育長に選任されたのですが、早くから教育長の候補として名前が挙がっていた方でした。面識の無い方だったので、個人の評価はわかりませんが、略歴や市長からの説明を受けて、「なぜ、この方を選任したのか?」が一番に聞きたいことでした。

 その延長線上には、教育長候補であるとのことからですが、この時点では、あくまで互選により決定する前段階なので、教育長と想定しての質問になりました。これは仕方の無いことですが、教育長候補として選任をしているのはあきらかなので、「教育長かどうかはわかりません。」を前提に返答をされるのには困りました。結果としては、尾鷲市の教育環境を充実していくトップを決める選任だったので、岩田市長の本音を聞きたいと感じました。

 私が疑問を持っていたことは、「8月に、それまでの仕事や役員を辞され、その後すぐに候補として名前が挙がった。今日までの期間が長く、追加議案での提出になったのはなぜか?」と、「必ずしも、教育長を学校関係者(元校長など)から選任する必要はないが、人事権を持つことになる教育長として、他の教育長と張り合うことができるのか?」と、「紀北管内(尾鷲市と紀北町のこと)で考えたとき、生徒指導の問題や教員の不祥事が尾鷲市で多い。以前に、教育委員をされたことがあったが、その改善や対応に秀でたことがあるのか?」でした。

 1番目の質問については、「今の時点では教育長ではないので。」との理由でかわされてしまい、2番目と3番目の質問には、「紀北町と比較する必要はないと思う。」との意見でした。それならば、「なぜ、この方なのか?」と続けるのですが、「あくまで、現時点では教育長ではない」ということが、「教育長としての資質」を求める私の考えとは平行線で終わりました。

 しかし、校長をはじめとする教職員の人事は、紀北管内で行われるのが中心です。尾鷲から紀伊長島までに在住している教職員が、それぞれの学校を異動することで、大半の学校体制は決まります。このときに、紀北町の教育長と張り合えるのかが、私の懸念事項でした。また、県教委に精通している紀北町の教育長と違い、(結果として教育長に互選された)この方にはそのようなパイプがない事もありました。副市長のときは、「県との太いパイプ」をうたったのに、教育長にはそれがないというのにも疑問を感じました。

 また、この方は、以前にも教育委員と教育委員長をされていたのにもかかわらず、そのときの実績などは一度も調べたことがなく、このときに秀でた行動をしたからなどの理由もなかったのも(なぜ、この方なのか?に繋がる)疑問でした。

 現在の尾鷲市の教育環境は、「非行やいじめ」で収まらない緊急事態です。何かしら学校で問題があると、一部の保護者や関係者が大騒ぎし、大事な話の内容も外部に漏れています。また、それを心配した別の保護者や関係者との疑心暗鬼も生まれています。大人たちの冷静な行動を求めるばかりですが、教職員の不祥事が、追い討ちをかけてしまいます。そして、この不祥事も、残念ながら続いています。比較はしないとのことですが、学校体制の強化で改善されているところもあるのに、尾鷲市の学校で起こっている問題は、今までの周期的ではなくなってきています。

 このような学校ばかりを見てはいられない事態を打開するには、それ相当の教育長が必要です。斬新な改革も必要ですし、思い切った改善も必要です。しかし、その大鉈を振るえるのかが最後まで疑問として残りました。そのために、この方を教育委員(結果として教育長)に選任したとの認識ですが、委員会でも本会議場でも、最後まで私は否決をしました。議会としては、多数により可決されましたが、議員個人としては責任がもてないとの判断です。

 本会議場では、3つの人事案件が可決されました。
 副市長については、11月より着任されるようです。
by owase874 | 2009-10-14 13:00 | 定例会の報告

人事案件の審査に遠慮は必要か?

 議会運営委員会でも同じ発言をしましたが、誤解をされる議員や市民もいることから、意見を述べておきます。

 これまでの尾鷲市議会では、人事案件の議案については、「人事案件でもあることから、委員会への付託を省略し、直ちに採決を取ります。」となっていました。私が最初に議員に就任したときも、監査委員の人事案件が直ちに採決され、予想外に否決されたことがありました。あのときは、私は質疑をする余裕がなかったので、(何も意見せずに否決したことに)あとで後悔しながらも、「可決されることを前提に採決をするのはいかがなものか?」と感じたところです。

 このときの反省もあり、奥田前市長が副市長の選任を議案上程したときは、「委員会付託の必要性」を訴えるに至ったのです。このときは、総務産業常任委員会での審査に参加し、結果として否決されました。先の全協で、候補予定者の挨拶があったので、「罰が悪い」と言えますが、これも真剣に審査をした上での結果です。なので、「市長との対立構造が原因」ではなく、「審査の結果として否決」としたのです。

 今回の人事案件では、長く不在であった副市長の選任と、2名も欠けたままであった教育委員会委員の選任が議案として上程されることになりました。このことについては、「1日も早く切望する」気持ちには変わりは無いので、議案の上程は歓迎するところです。しかし、これが「イコール賛成」ではありませんので、特に今回の人事案件は、尾鷲市にとって重要なポストであることからも、慎重な審査を必要と考えるのです。

 「人事案件だから(委員会付託しない)」という意見は、市長と議会との馴れ合いに感じるし、「付託したから反対」と決まっているわけでもありません。これは、議会で審査することが認められていることで、今までとは時代も時勢も変化していると感じるのです。この感覚が敏感で無いと、これからの地方自治体は生き残れなくなってしまうくらいに考えています。また、候補予定者が全協で事前に挨拶することが有益であるかはわかりませんが、候補予定者の方にも、「議会の審査結果を経て、職務に就くことができる」ことを理解していただく必要もあります。

 しかしながら、この全協での事前挨拶は、その人柄など少ない情報を埋める作業には効果があります。この日も、3名の候補予定者の挨拶を聞きましたが、私を含めて、「委員会付託してよかった。」と言う意見がでていました。それは、「正否の判断」ではなく、「さらに市長に問うことができる場」が保証されたことにあります。この委員会の場で、岩田市長は、「なぜこの方を選任したのか?」をもっと詳細に発言するができます。これを、本会議場の質疑で問えばいいとの意見もありますが、発言者の感情なしには問えないこともあるはずです。

 今回の人事案件は、岩田市長に継ぐ副市長と、教育長を含む教育委員の人事案件です。尾鷲市の重責を担うナンバー2とナンバー3の選任ですので、ひっ迫する行財政の重きを担う副市長と、順風満帆とはいっていない教育業界を先導する教育長は、慎重に審査する必要性を強く感じるところです。

 岩田市長も、「議会と切磋琢磨して」してと、就任時の挨拶で発言していたように記憶しています。まさに、これが切磋琢磨する場面では無いでしょうか?

 人事案件についての審査は、明日の本会議の暫時休憩中に行われます。
by owase874 | 2009-10-08 15:01 | コラム「温故知新」


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

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当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

ときには辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。

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