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サンフランシスコ講和条約

 私が学校で習った名称です。

 今日は、この条約が効力を持った日です。1952年4月28日のことです。この前年の9月8日に、この条約の署名を、当時の吉田茂首相がしました。このことを習った当時の私は、「戦争に負けてから、この調印まで時間の開きがあるのはなぜだろう」と感じたものですが、いつしかそれすらも忘れてしまいました。

 そしてもう一つ、「沖縄などの領土が日本に戻ったのは、それからだいぶ経ってからなのはなぜだろう?」とも、「北方領土はなぜ戻らないのだろう?」とも思ったものです。中学生の頃ですから、いまよりも単純な思考でしたが、それから数十年経ったいまでも、この疑問は解決されないままです。それどころか、竹島や尖閣諸島など、領土問題は一層に難しい局面になってしまっています。

 最後に、当時のこの疑問の回答は、はっきりとは記憶していませんが、「日本が戦争に負けたから」、「だから戦争はしていけない」ではなかったのかと記憶をたどっています。しかし、これは定かなことではありませんが、概ね合っているようにも感じています。

 大事なことは、サンフランシスコ講和条約は、平和が何であるのかを考える日の一つであり、それ以外に意味を求めなくてもと感じます。平和を考える機会が少ないのは、あたり前に平和が謳歌、あるいは享受できるからですが、ここにいまのわが国の平和教育の落とし穴があるようにも感じます。「戦争に負けたから、戦争はしてはいけない」に繋がってしまうと、「戦争に勝てば、戦争はしていいのか」になってしまう懸念もあります。

 いまの安倍総理の言葉を聞いていると、強い日本の発言には感銘を受ける部分もありますが、気負いがあるとすれば、それが先行する危険性も感じます。もっとも、戦後日本の政治の大部分は、いまの自由民主党が掌握してきました。その結果が、いまの日本の姿でもあります。擁護はしませんが、こないだまでの民主党政権が、すべての元凶でがないはずです。政治が恐ろしなあと感じるのは、トップに立つ人の言葉で、国民の多くをいかようにもしてしまうことです。もちろん、その扇動をやってしまうメディアの怖さは言うまでもありません。

 今日のこの日を、平和を考える日にするのはいいことです。間違いなく、自分の娘を見ていると、平和であったほうが絶対です。かと言って、それを待ち受けているだけではいけないと感じています。そこに、安倍総理の言葉は染み入ることも確かです。そこに、学校現場の教育の柱がしっかりとしなくてはならいことは、私がエラソウに言わなくても、です。

■外務省: 日本外交文書 サンフランシスコ平和条約 調印・発効
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/bunsho/h20.html
by owase874 | 2013-04-28 11:24 | コラム「温故知新」

逃げ場

 逃げるが勝ちの続編です。

 「逃げるのは、距離ではなく高度である」とご指摘を受けました。その通りで、たとえば、長い距離を逃げても、高度を稼げなければ、追ってくる津波からは逃げ延びられません。膝っ小僧くらいまで津波が走ってきて、足を取られてコケたら、そこでオシマイでしょう。津波って、そんなものだと感じています。
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さてどこからでしょう?


 私が住んでいる北浦町1-8には、キタガワノホトリという市民活動支援センターがあります。もとは、干物販売所と加工場でした。その屋根に上ってみて、「高さは8メールないかなあ」って気がしました。この辺りの道路面の高さが2.8メートルとあるので、だいたい合っていると感じます。また、建物そばの電力電柱が約13メートルだと思うので、やはりそのくらいかも知れません。
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右の電力電柱のことです


 2枚目の写真は、菊山と呼ばれる高台ですが、ここへの避難が出来れば、地区の集会所があります(写真左奥の白い壁の建物)。しかし、いまいる場所からですと、大きく左に迂回して登るので、けっこうハードルが高い避難経路です。かと言って、この屋根の上では、地上高10メートルには満たないので、想定される津波に飲まれてしまう公算が大きいのです。

 しかし、もしも逃げ遅れ、この屋根に上るしかないとなったとき、右の電力電柱に上ることは可能です。これでちょっとは高度は稼げます。さらに、もしも家の屋根伝いに移動ができれば、避難ビルにもなっている隣のホテルビオラにもたどり着けそうです。もしくは、菊山のさらにふもとに近い家の屋根までもいけるかなと感じました。でも、この想定は、私単独のことであって、3歳の娘が一緒であれば、やはり電力電柱が精一杯です。

 大事なことは、まずは知ることです。

 自分がいまいる環境を知っておくことは、突然の事態に対応するときに大事だと感じます。最近は、小学校でも地図を用いて防災学習をするので、現地を見るのと併用することで、より知ることにも繋がります。大事なことは、地図で知るのは平面でしか無く、実際の目で立体に見ることです。その上で、どうすればいいのかを記憶しておくのです。

 私の場合、単独と子ども同伴とで違ってきます。1次的に菊山には逃げられなくとも、八幡さんや妙長寺さんの奥之院へ逃げる選択もあります。そこから伝って、菊山にも馬越方面にも高度を稼ぎなら逃げられます。しかし、逃げた先には課題もあるので、行政の力を期待するところです。また、ここに私の役割があると感じています。残念ながら、現状では大きな課題が浮き彫りになるだけです。

 最良で言えば、まさに自家用車でより先に逃げることになりますが、それも被災する時間帯で大きく異なります。最悪の想定をしたときは、まさに着の身着のままです。これは、生き延びても非常にリスクを伴います。

 さて、皆さんも、こういう想定をされていますか?
by owase874 | 2013-04-27 03:02 | 防災とまちづくり

尾鷲市議会議員立候補予定者説明会

 今日の午前中、尾鷲市中央公民館で開催されました。

 私も、スタッフとともに参加してきましたが、全部で18陣営が出席していました。現職11、元職2、新人3、党派2の内訳です。このうち、党派の1については、すでに出馬表明をされている新人です。また、元職の1は、元尾鷲市長でもあった方です。少々驚きましたが、以前とは違ってスリムになっていました。

 この説明会への参加が、出馬には必須ではありませんし、このなかより辞退される方もいるかも知れませんが、現状13議席を18人で争う形となりました。あくまで、現時点の想定です。しかし、増えようが減ろうが、13議席に残ることが必須条件なので、尾鷲市議会の明日を占う選挙は、6月2日の告示日まであと少しです。

 一方で、私が少々残念に感じたのは、若い世代の出馬の声がないことです。確かに、13議席になってしまうと、よほどの自力(3枚看板のことですね)がなければ、私のような立場にとっては高いハードルです。しかも、仕事量に対しての対価のこともあるので、蓋を開けると、地縁血縁などの老体が跋扈する議会構成になってしまう懸念が高まります。それではいかんやろと出馬する身としては、温故知新の志でもって挑むところですが、当選後に仲間がどれだけいるのかとも考えるところはあります。まあ、受かればの話は勇み足ですが…

 いずれにしろ、尾鷲市に対しての熱い思いが、この場には集まっていました。それは確かなことです。出馬をするということは、よほどの志を持った政治家か、単なるバカかのどちらかです。バカであっても、政治はやれますし、それは大化けする可能性もあります。一方、政治家を目指しているつもりが、いつしか政治屋になってしまうことも十分に考えられます。どちらかと言えば、私は後者に近いバカな出馬でしたが、マイノリティの意見もハッキリと言えることが、民主主義のよいところです。それは、私にとっては、大事な肝なのです。

 考えることはたくさんあります。本当に、本当に、たくさんあります。しかし、前進する考えでなければ、このまちの将来や未来は、不安や先行き不透明なままです。そんなまちはおもっしょないし、できること全てをやっていくようなことでなければと感じています。私にも、必ず役割があるのです。それを使命感でもって達成していくだけです。
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by owase874 | 2013-04-26 15:58 | コラム「温故知新」

津波は逃げるが勝ち

 キタガワノホトリ近くにも、看板がかかりました。
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 尾鷲市だけでなく、海岸線の自治体ではよく見かけるようになった看板です。尾鷲市内だけでも、けっこう目にする啓発看板です。これに合わせるように、各自治会による標高表示も目立って来ました。大きく書かれている場所もあり、そこが海抜何メートルであるのかがわかります。これも、啓発には大変有効な手段です。

 しかし、逃げた先のことは、実はほとんど議論されてはいません。自治会や自主防災会のなかには、逃げてきたあとの物資の確保や(光が丘のそばこ会自主防災会の取り組みが有名です。参考はここ)、逃げたあとの避難先の選定などもされていますが、尾鷲市としての基本姿勢は聞いたことがありません。

 主な基本姿勢とは、逃げたあとに落ち着く先のことですが、避難建物や物資の確保、数日は滞在できる準備など、自治会単位では進んでいても、すべてを受け入れられる規模ではありません。しかも、前段のそばこ会などの取り組みは、自助努力で物資なども揃えていると聞きました。つまり、逃げたら終わりが現状とも言えます。これでは、予想される10m規模の津波が来て、命からがら逃げ延びたあとの市民は、寄り添う場所や物資がないことも懸念されます。

 尾鷲市街地だけ見ても、多くの市民が逃げ延びることになります。ましてや、火災など発生すれば、さらに困難な避難を強いられます。東日本大震災の際、雪が舞っていた地区も記憶に新しいです。尾鷲はそこまでなくても、雨による心配は残ります。体力を奪われるようなことがあれば、逃げ延びてもリスクは高まる一方です。私は、中村山ですら一時避難場所であって、すぐにもさらに高台を目指すべきだと考えています。孤立した上に、なにもない山頂は、火災などで袋小路なる可能性も高いです。

 「津波は逃げるが勝ち」

 非常に大事で大切な啓発です。エリアワンセグの取り組みが進んでも、自己判断で逃げるに越したことはありません。しかし、逃げた先によって、その後の状況は大きく一変するとも考えています。まず私自身は、いま住んでいる北浦町から高台に逃げるとき、間近の菊山で本当にいいのかを検証しています。避難した人で溢れ、集会所にも入れず、着の身着のままでいるようなことでは、娘が一緒でも生きている心地がしません。

 自治体規模で考えるとき、行政が担う役割は、「逃げなさい」だけでは意味がありません。逃げた先のことが決まっていてこそ、「逃げるが勝ち」の言葉が生きてくるはずです。そうでなければ、なんども言うように、逃げて終わりなだけです。

 大事なことが欠落していないか、考えて行動しなければなりません。
by owase874 | 2013-04-26 01:09 | 防災とまちづくり

市長選挙

 電話がかかってきました。

 「市長選はあれだけか?」

 顔見知りの方でしたが、他の候補はいないのかとの内容でした。現状はそうでしょうと言うと、「どこが違うんど」って切り返されました。僕も人どころではないですからねえってこちらも切り返すと、「そうやわな。なんぞ、物足りんな」って切っていきました。

 市長に挑戦するであろう方には敬意を表します。そして、少しばかり羨ましくも感じます。しかし、この方の意見が少数派かどうかは抜きにしても、そう言わさせる現状には、ちょっと申しわけない気もします。盛り上がりに欠ける選挙がダメだとも言い切れませんが、投票率が下がるような選挙では、同じ政治家として恥ずかしい気持ちになります。自身のことのように、あとに惹く電話でした。

 明日は、10時より、尾鷲市議会議員選挙の説明会です。
by owase874 | 2013-04-26 00:44 | コラム「温故知新」

議会報告会の反省会

 表題を考える、議会運営委員会と全員協議会がありました。

 議会報告会については、私もブログで2回にわたり報告していますが、反省会では多くの意見がかわされました。とくに、報告会の手法としては、小さな単位で班分けをして、より多くの各地を回ることが提案されました。また、広報の手段においても、事前に広報おわせに折り込み案内を同封することや、議会放送などでの合間へのお知らせなどの意見もありました。

 もっとも、広報する時期を早めるために、定例会が始まる最後の議会運営委員会には、議会報告会のスケジュールが決まっているようにすることや、年間スケジュールを事前に発表する案、または、自治会の年間スケジュールに議会報告会を日程に追加してもらうことなども提案されました。どのすべても、実現可能な案ですが、次の議会への申し送りとなりました。

 今期を振り返ると、議員からの意見にもありましたが、尾鷲市議会としては、市民の前によく出たのも確かです。議会報告会としては2度目でしたし、議会基本条例や議員定数においても、市民説明会を開催しました。しかし、市民の目は厳しく、議会への落胆の声もありました。こういう温度差は、議会側が真摯に受け止めて、さらなる議会改革を必要とするところです。

 また、ナイター議会や日曜議会などの開催も、できるうることは全てやっていこうではないかとの声もあり、議員による自由討議や政策論議なども、来季は積極的にやっていこうとなりました。さらに、議会報告会の他にも、定例会前に懇談会を開催し、市民の意見を反映させられる機会の創出も提案されました。

 全てが改選後への申し送りですが、そのときに意見できるよう、次も残らなければと強く感じました。せっかく苦労して制定した、尾鷲市議会基本条例を活かすためにもです。
by owase874 | 2013-04-23 03:00 | 議会改革報告

議員になって、気になる小さなこと

 ほんま、小さなことです。

 しかし、議員として、尾鷲市の予算を見聞きし、それをチェックするようになってからは、すごく気になるようになっています。そんな、小さな話題です。
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 この場所は、知って見える方も多いでしょう。尾鷲市内にある公園です。昨年だったか、遊具もキレイに塗り替えられ、整備し直されました。尾鷲市街は、意外にも緑が少ない街ですので、身近な公園の緑は、単に遊ぶ場所だけではありません。この公園にも、数本の桜の木が植わっており、今年は花の時期が短かったですが、目を楽しませてくれました。

 ただ、この写真を見てわかるように、ブランコの鎖を巻きつけて短くし、座面を高くする遊びがありますよね。私自身も、小さい頃にやった覚えがありますが、見つかるとよく叱り飛ばされました。公園にはよくある風景ですが、見かけるたびに、私はもとに戻すようにしています。理由は簡単です。

 ここの遊具は、整備し直されたといっても、本体と鎖をつないでいるU字シャックルなどが老朽化し、強い力やこのような使い方をしていると、近いうちに切れるのではないかと心配します。最近ですが、4つあるブランコのうち、1つが無くなってしまいました。座面も擦り切れているので、割れることはないにしても、減肉しているのも事実です。なによりも、せっかく塗った塗装が剥がれ、サビが浮いている状態です。

 出来る限り、余計な予算は使いたくはありません。修繕費は微々たるものですが、遊具自体は高価で新調もままなりません。しかし、家庭のやり繰りと同じように、尾鷲市の財政のやり繰りが求められているなかですので、私にとっては非常に気になることなのです。

 この公園を含め、周辺では、高校生の喫煙もあり、数度にわたって注意をしたこともありました。喫煙を禁止する張り紙もあるなかで、また、保育園児の登園路にもなっているなかで、見苦しい未成年の喫煙や、ファーストフードや駄菓子屋のごみが散乱していることもままあります。かといって、公園の管理を厳しくしろではなく、もっと簡単な解決方法があるように感じています。たとえば、私が実践していることは、遊具を大事にし、ごみをひらい、喫煙を注意することくらいです。

 住民参加の場面は、身近なことからに尽きると感じます。自分まちを大切にし、大事にし、その気持ちさえあれば、スタートラインに立てるのです。あとは、役割分担ですので、それぞれ与えられた役割で、尾鷲市のために奔走することではないでしょうか?
by owase874 | 2013-04-18 12:31 | コラム「温故知新」

議会報告が終了しました…が

 都合4回の議会報告が終了しました。

 ・第1回 コミュニティーセンター林 参加者3名
 ・第2回 尾鷲自動車学校 参加者6名
 ・第3回 コミュニティーセンター三木浦 参加者16名
 ・第4回 尾鷲市中央公民館 参加者11名

 平日夜の開催にもかかわらず、36名の方に足を運んでいただきました。議会報告会としては、昨年9月に続いての2回目で、歴史ある尾鷲市議会のなかでも、今期はじめて実現させた形となります。当たり前ですが、それまでにはなかったことで、議員側から見れば、率先する議会改革の一環と言いたいところですが、尾鷲市民の目は厳しかったです。また、厳しく見られるのも仕方がないと思うほど、議員側にもとんでもない発言をする方がいらっしゃるので、同じ空間にいることが嫌になることもありました。

 議会報告会の意図としては、定例会の審査内容や結果を報告し、そのことについて、市民から意見をいただくことを主眼としています。また、市長が掲げる事業や施策について報告し、議会なりの対応や反応に対して、市民の率直な意見を聞き及ぶことも意図としています。なので、先に各委員長からの報告があり、質問に対しては、基本的には委員長が答えることになっています。場合によっては、他の議員の意見が求められることもありますが、あくまで議会活動の一環ですので、議会としての見解や報告をし、市民の評価を得る場でもあります。

 しかし、議員によっては、そもそもの内容から外れたり、自分が主張したいことを言い述べたり、ときには全く関係ないことをこじつけて発言したりと、聞いている市民が辟易するような場面があったことも否めません。市民側が呆れ顔であるのに、それを知ってか知らずか話を続ける姿を見ていて、やはり同じ空間にいることが恥ずかしくもなりました。「議員活動はほかでやれ」と、思わず声が出そうになりましたが、ここぞとばかりに発言するのは、はっきり言って議員活動でしかありません。これでは、市民に見透かされて当然です。

 一方、少ない参加者に苦言を呈されることも多く、それは心痛いことでもありました。私の本当に数少ない、顔がわかる支持していただいている方は、残念ながら見当たりませんでした。かと言って、市政全般の話も含め、普段の議員活動の一環でやっていることでもあるので、こういった場所に来るまでもないと判断されたのかも知れません。恐らくは、多くの議員も同様だと思うのですが、議会としての活動にも参加していただけることは、負託を受けた者の後ろ盾がそばにいることであり、素直に心強く嬉しいものであります。また、他の議員の発言や所作を見ることも、とても大事なことだと感じています。支持していただいている方には失礼なことを言いますが、支持者は熱烈な私の単なるファンではなく、きちんと端無という議員の考えや行動や発言を見い据えた上で、やはり端無を支持してくれているというのが本望です。また、そういう政治をしていなければと肝にも銘じています。

 来週初めに、今回の議会報告会の反省を、議員間ですることになっています。課題や問題点を洗い出し、次の議会に申し送るためですが、次はいまよりも”マシ”になっているのは確実です。そうでないと、議会改革ではありませんし、そのために、尾鷲市議会基本条例を制定させたと言っていいくらいです。この条例が、議会や議員に与える影響は、付け焼刃的にや、場当たり的な行動に終始する資質の改善に繋がると信じています。
by owase874 | 2013-04-18 04:17 | 議会改革報告

議会報告会で感じる有権者との温度差

 議会報告会を開催しています。

 昨日で2回目、明日明後日と続きます。計4回の計画で、先の3月定例会の報告をしています。また、尾鷲市議会基本条例についても説明しています。議員全員が出席し、それぞれの会場で有権者(市民)に報告したあと、対話形式の懇談を行なっています。しかしながら、初日のコミュニティセンター林が3名、昨日の尾鷲自動車学校が6名でした。多いか少ないかで言えば、明らかに少ないですし、この少ない原因が、議会や議員に対する関心度の無さなのか、あまりにも凋落していると判断された結果なのか、そもそも市政そのものに煌めきがないのか…いずれにしろ、来ていただいている方には申し訳ないですが、寂しい限りです。

 私自身が感じることは、議会に対しての風当たりが強いのも確かで、それは議会という仕組みへの理解が及んでいないこともあるのですが、それをきちんと説明できていない議会側にも落ち度を感じます。また、私個人で言えば、私自身は特定の地区や地域を代表する議員のスタンスではなく、尾鷲市という自治体への市政を包括するスタンスで活動していますが、前者が顔の見える活動に繋がることが多いなかで、後者は活動が浮かびにくいことも影響はあると感じています。だからこそ、私のようなスタンスは、後ろ盾となってくれている有権者(市民)の後押しが必要不可欠ですが、そうそう表立ってあのような場所に出てくれるとは限りません。もっとも、声かけできるような確実な方々を知っているわけでもないのですが…

 なので、会場では15名の議員のひとりとしているだけで、とくに指摘をされない以外は、自ら声を上げることはしていません。それは、消極的な考えからではなく、あの場が議会報告会であり、自らの主義主張をここぞとばかりに言い放つこともなかろうと感じるからです。それは、個々でやればいいことです。ただし、現実の議会報告会は、足を運んでいただいた方から言えば、「報告内容はよくわからないが、もう決まったことを聞いてもな」であり、「結果的に認めた議案であるので、いまさらながらに指摘をしてもはじまらない」と言われるに留まるのかも知れません。それは、いくら私個人が反対をした議案であっても、総論で採択されてしまえば、それは市長に右ならへしたと言われてしまうのです。

 「なぜ、この議案に反対したのか?(賛成したのか?)」、「議員が反対する(賛成する)理由について、私はこう考えるのだが、この意見に対してどう感じるか?」、「今後、この議案の可決により、われわれ市民にとってどのような利益がもたらされるか?」、「いま現在の尾鷲市の課題はなにであるのか?」…現実的には、求めている意見とはかけ離れ、市民目線の先はもっと単純だと感じています。そこに、議会や議員と、有権者(市民)との温度差があるのではないでしょうか?こう言えばお叱りを受けますし、今回に限りませんが、参加者からの言葉を聞いていて、あまりにもの知識の浅はかさに、ときに辟易することもあるくらいです。しかしそれは、私たちが市民感覚に降りてきていないことだとも反省するときがあります。

 私からすれば、議会報告会のやりようはあれしかないのだと、いまの段階は感じています。しかし、そう感じる前に、議案や事業に対しての意見交換や議論を議員間でやっていれば、この報告会にも反映できるこはあろうかと感じています。これまで2回の報告会を経験してきて、参加者に求めている問いかけは、実は隣の議員に対してのなのかかも知れないのだと考えるようになっています。この辺りのことも含め、今後は尾鷲市議会基本条例の範ちゅうですので、結果を報告するだけの報告会でなくなる可能性は大いに期待出来ます。また、とんでもない議員のお門違い発言で、雁首並べた議員全てが、参加者の失笑を買うこともなくなるかも知れません。そういう場にいることが、いまの私には耐え難いこともあるのです。一緒にはされたくはないという気持ちからです。

 自ら言えば世話ないですが、議会や議員においても、市民目線、市民利益に奔走しています。伝わっていないのであればそれまでですが、まずは選挙に出て負託を受け、なんじゃかんじゃ言われながらも、その場では孤独な判断と決断をしているのです。この決断力が、議員たる所以であると感じています。それは市長にとっても同じで、孤独の面でも、より決断力を求められる立場ではないでしょうか?だからこそ、私たちにできることがまだまだあるように、有権者(市民)にとってできることも、まだまだあるように感じてなりません。また、その度合で言えば、私たち議会や議員にできることは、もっともっとあるのです。そこに、議会改革があるのだと感じています。

 あと2回、議会報告会があります。もう今日ですが、三木浦のコミュニティーセンターで3回目、最終日は、尾鷲市中央公民館で開催されます。ともに、19時~20時半の予定です。
by owase874 | 2013-04-16 01:28 | 議会改革報告

「熊野」ナンバーの是非

 5日付の中日新聞に掲載されていました。

 ご当地ナンバーの取り組みですが、賛否両論あります。
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記事抜粋


 私が最初にこの取り組みの話をいただいたのは、実は尾鷲の方からでした。こういう動きがあるので、協力して欲しいとのことでした。その話は一度きりで、今年になって、熊野市議の下田さんから連絡がありました。それ以後の過程は、自分自身のブログにも書いてあります。

■ご当地ナンバー「熊野」の取り組み
 http://owase.exblog.jp/20017055/

 私の考えや思いも、以前の記事に書いていますが、「熊野」が「熊野市」の自治体をイメージするや、「そもそも尾鷲以北は熊野ではない」との意見も根強く、この記事が明らかになって以降、私が尾鷲市の世話人をしたからか、「あいつは熊野市出身やから勧めとる」とまで言われるようになってしまいました。なんか、素直に残念ですね。いつものことですが、私の出自を根拠に言われてしまうと、この尾鷲市に住んでいるどれだけの人が、まさに縄文や弥生時期からを祖としているのかと言ってしまいたくなります。余談ですが、owasebonという地域冊子を制作しているころ、あちこちに取材に行くと、「もともと志摩からきたんさな」、「先祖は九州なんやけどな」などと、とくに商売をしている人たちは、最初から尾鷲ではなく、渡ってきた人が多いことにも気づかされました。だからって、それは自然なことだと感じています。

 話をそらしてしまいましたが、ご当地ナンバーの取り組みで、「熊野」だからダメという反応にも、残念な気持ちはあります。もっと先を見据えたとき、両県にまたがる取り組みには、もっと別な意味がでてこようかとも感じています。もっとも、個人的には、「紀伊半島」の響きが好きなのですが、それでは単位が大きすぎますしね。しかし、「尾鷲」と言う単位は、別にご当地ナンバーでなくとも、誰でも知った地名として、変わりなく大事にしていけばいいのではないでしょうか?私自身も、「雨の多い尾鷲」、「大雨中継では必ず映る尾鷲」が印象的でしたし、ご当地ナンバーの取り組み全てで、尾鷲というまちが廃れるとは考えてもいません。また、そのくらいで埋もれてしまうまちでもありません。

 賛否両論あったほうが、議論は活発になり、自分のまちを考えるきっかけにもなります。それだけも、ご当地ナンバーが与えた刺激には、大きな意義があると感じています。なによりも、県下最大の新聞社が、こうして記事にしたことからも明らかです。より多くの方が、まさにこの地域だけでない方も、ご当地ナンバー「熊野」の取り組みを知ったことに繋がります。ただし、地名による受け入れがたしだけでなく、登録台数の問題など、前途は多難ですが、それを乗り越える”遊び”のような解釈もあっていいのではないでしょうか?きっと、自分のまちを見つめなおすきっかくにもなりますし、これからの世代にとっては、紀伊半島南部をPRするよい手段の一つにもなるはずです。

 僕が懸念するのは、まあ大きな不安とかではないけれど、この取り組みが挫折すると、三重県ナンバーのままです。なんか、味気ないですね。
by owase874 | 2013-04-15 06:32 | コラム「温故知新」


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

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ご挨拶とブログの概要

当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

ときには辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。

質問や批評など、ご意見がございましたら、下記宛にお願いします。何かしらの方法で、きちんと対応させていただきます。ただし、ブログのコメントには、できる限り返答をいたしますが、端無自身の裁量になることをお許し下さい。

◆ブログ管理者
 未来874事務室
 熊野市飛鳥町佐渡462番地
 0597-84-1033
 kurage874@cream.plala.or.jp 

なお、たくさんの意見や考えをお聞かせ願いたいので、直接にお会いすることも可能です。日程調整などしますので、その旨をお伝え下さい。

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