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本音と現実

 選挙戦から半年が経ちました。

 敗因はすでに検証していますが、私は、4年後の尾鷲市議会議員選挙には挑戦しない考えです。もちろん、そういうことが言える立場ではありませんし、次のステップを踏み出すときが来ているとも感じてます。また、単純に考えても、さらに4年後を目指したとして、尾鷲市議を一からやり直すことに面倒さを感じていることもあります。さまざまな経験と体験をさせていただき、微力ながら、尾鷲市議会の改革にも関与させていただきました。しかし、現在の様子を見る限りでは、あまり機能していないようにも感じられます。市政についても、道の駅や砕石や環境や中心市街地や学校や防災や減災にしても、すり鉢をゴリゴリとしているだけのようにも感じられます。ため息が出るのです。

 自分がそのすり鉢のなかにいた頃は、「一生懸命やっているのに」と奢っていただけで、周りからは、つまり住民からは、無駄な労力を使っていただけにしか見えなかったのかも知れません。その立場になって、そのことがとても後悔しています。見せ方を間違っていたとも感じています。

 もともと、自分自身の中では、三重県議会議員が目標でした。それは、2004年の三重県豪雨災害で、海山町災害ボランティアセンターの副センター長に手を上げたとき、災害時にシステマチックに動けない人が多いことに愕然としたからです。次なる南海トラフの大地震と大津波を想像したとき、この地域は捨て置かれるんじゃないかと危惧したからです。当時は、災害ボランティアコーディネーターなんて言葉は、聞き慣れないものでしたし、災害ボランティアセンターの存在すらも認知度はほぼありませんでした。なので、災害ボランティアに対しては、地元住民は右往左往するだけでした。

 そこで、僕のような地域にとどまらない人間は、県議のように縦横無尽に活動できることが適当ではと考え、いまからでも準備をしておくために、まずは市民活動を率先することにしました。それで、尾鷲市に移住したのは言うまでもありませんが、苦労と苦悩は承知の上でした。このことを知っているのは、ほんの一握りの人たちだけです。

 しかし、想定と実際は違って、県議が市議となり、それはそれでよかったけれど、自分の中ではチグハグな気持ちもあしました。市民活動として県域の仕事をしながら、市議は言うても地域内のことが多いので、そのギャップや乖離に悩まされ続けました。これほどまでにかと考えるほどに、住民に直結しそうなことが、市町と県とではリンクしてないことが実際には多いのです。それは、市議と県議による議員間で繋げることがあるのに、やっていない面も多々あるのです。少なくとも、私が尾鷲市議に在籍している間では、県議との連携は皆無でした。その恩恵を受けられずに、困るのは常に市民であり、住民なのです。また、NPOや市民活動、防災や減災に知識が乏しい議員が多いのも事実です。答えは簡単で、そういうことに従事したことがない、知識が浅い議員が多いと感じるのです。これまでの人生や経験の積み重ねで、知ったふりができるだけであって、実践を伴っていない理屈は、どうにもこうにも薄っぺらいのです。

 かと言って、再び尾鷲市議会議員になることに、私は魅力を感じなくなっています。落下傘のようにやってきて、議員として極々小さなことしかできなかったけれど、だからこそ、尾鷲市民からの負託をもらえなかったのだし、それを受け止めるしかありません。しかし、ここで得たことは、何事にも変えがたいのも事実で、僕はそれなりに成長できたとは感じています。と同時に、どこまで尾鷲市民に還元できたのかを自問自答する日々を過ごしています。

 あと、県域のことで言えば、僕は防災や減災の面において、本気モードの調和と連携を模索していました。なので、本当は敬遠してきたことにも顔を出し、口を出し、率先して行動もしてきました。しかし、2011年の東日本大震災と、紀伊半島大水害の大きなギャップが、僕を原点回帰させる結果ともなりました。また、本音でやらない、検証をしないことからは、良い結果を生むはずがないとも感じるので、バッサリとあきらめて違う道を探すことにしています。それでも、災害が発生すれば、動く人が動き、やるべきことをやる人が、率先してやるだけなのです。少なくとも、僕はこの世界では無名でしかありませんが、違ったところでの認知度はあると感じるので、どうにでもなりそうなのです。

 これまで考えてきたことを、こうして文章に書き出すと、いまとなっては、どうでもいいことばかりだなとも感じます。僕に良さがあるとすれば、こうして書くことで、自身の浄化をさせているのかも知れません。大事なことは、こういうことを経験し、または教訓にし、次にどう進むかだと感じています。それが、2014年への抱負であり、次に述べる実現させたい夢になるのかも知れません。

 さて、今年もあと少しとなり、無給で仕事をしている市民活動全般だけでは、さすがに経済活動をしているとは言い難くなってきました。継続的に雇用を募集し、実際にも常勤雇用をしているので、他人に飯を食わせることもしていかなければなりません。すべてを放り出すこともしたくないので、精査した上で、僕は次に移行する考えをしています。その点で言えば、東紀州コミュニティデザイン、キタガワノホトリ(東紀州市民活動支援センター)、熊野レストレーション、NPO法人みえNPOネットワークセンターは、僕にとっては大事な拠り所であり、今後も手を休めることはしない考えです。しかし、立ち位置を変えなければとも感じているのも事実です。

 そのために、現時点では、熊野市に籍を移そうかなとも考えています。実際には、実家のある飛鳥町に原点回帰し、客観的な立場から、まずはキタガワノホトリの継続と運営を支援したいと考えています。現在、キタガワノホトリに関わる仲間とともに、地域資源の可能性を引き出す事業展開を進めています。これが成功すれば、キタガワノホトリの注目度は大きくなるし、雇用も引き続き生まれると想像しています。一方で、熊野市あたりにも、第二のキタガワノホトリを仕掛けたい気持ちです。すでに、リサーチもはじめていて、この指とまれに期待もしています。もちろん、そう言う声と人の集まりがあってこそですが、さてはてどうでしょう?

 そして、尾鷲市でやってきたのと同様に、その原資を捻出するために、政治家であることを目指したいとも考えています。それには、非常に限られた時間しかありませんが、僕はやはり政治の世界が好きだし、そこにも活動の場があると信じてやみません。僕にとっては、市民活動と議員活動は両輪であり、率先市民であることの証だと感じています。ただ、尾鷲とは違い、生まれ育った地元では、これまでのようにはいかないことも出てくるでしょう。同じことをしていてもダメなのです。もっと先を見据えて、その通過点として、僕は熊野市にも貢献したいと考えるようになってきています。もちろん、僕にとっては、自治体の境目を重視するよりかは、自由に往来できる人に着目することの方が大きいです。事実、熊野尾鷲道路が開通し、熊野市と尾鷲市は近くなりました。この距離は、やがては人と人との距離も縮まってくるものと考えています。

 こう考えるようになった理由ははっきりとあります。2011年の紀伊半島大水害です。生まれ育った地域が大きく被災し、慣れ親しんできた場所が無残にも失くなってしまう感情を味わったのです。これまで、多くの災害地、被災地を訪れましたが、感情移入することはできませんでした。あえてしなかったという面もありますが、故郷が被災したとき、突き動かされるものは半端ないものでした。誰に頼るまでもなく、自分自身でするしかなかったし、そうするためにとった行動で、意外にも仲間は全国に散らばっていることも実感しました。その後にできた熊野レストレーションが良い例で、この組織に求められることは、今後はもっと大きくなるだろうと感じています。ほっとけない存在になるためには、やはり率先して動くしかないのです。仲間とともにですが、実家近くに飛鳥熊レス村を立ち上げたのも、もちろん合議の上ではあるけれど、僕にとっては大きな覚悟の上でもあったのです。

 来年のことは鬼が笑うらしいですが、鬼と縁深い熊野なら、それも許してくれるかも知れません。まずは、自分の考えを整理しつつ、次への展開を進めるだけですが、活動の場を熊野市に移しても、私は私であるし、自治体には境はあっても、人には境目はないというのが信条です。政治の世界でも、それを実現できるように奔走するだけだと考えています。もちろん、そうなればだけど、先だっての熊野市長選挙の結果も、僕が動かされる原因となりました。まずは、妄想、そして想像、最後に創造で、モノゴトは成就するはずです。

 実現できないイメージはしないし、そうなるように、今後も手順を踏むしかありません。しかし、迷っている自分も、正直なところいます。やはり、両輪を支えあう仲間がいるのです。
by owase874 | 2013-12-21 00:22 | コラム「温故知新」


市民活動の延長線上に、市民目線の政治があると考えています。


by kumano874

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ご挨拶とブログの概要

当ブログに来ていただきありがとうございます。私が政治に関心をもったのは、災害現場でボランティアとして活動しているときに、どうしても市民活動・NPO活動だけでは届かない声があると感じてからです。1995年の、阪神淡路大震災のときです。それ以降、政策提言できる市民活動を合言葉に、さまざまなことを実践しています(市民派向けのブログもあります。こちらCafe_CReAM モノ語り)。


これまでの思いが実現したのが、2006年11月から、2期6年半在職した尾鷲市議会議員でした。3期目の挑戦には苦杯しましたが、貴重な実体験をさせていただき、条例の制定を中心にした議会改革や、市民活動で培った政策提言を直接できる立場として、負託の重さを実感することができました。

また、尾鷲市議として負託をいただいてからは、この地域ではいち早く、議員活動をお知らせする手段の一つとして、このブログを活用しました。当時のことも含め、日々私が何を感じ、何を考えているかを綴る活動報告にもなっています。なお、2014年5月1日からは、三重県熊野市議会議員として、あらたな1歩を踏み出します。

ときには辛口の意見もありますが、東紀州における公益や市民益を考える一人の意見として読んでいただければ幸いです。

質問や批評など、ご意見がございましたら、下記宛にお願いします。何かしらの方法で、きちんと対応させていただきます。ただし、ブログのコメントには、できる限り返答をいたしますが、端無自身の裁量になることをお許し下さい。

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